「月の女」-16
【第十五章 ビアガーデン】
バンコクでの最後の一週間が始まった。
会社での仕事は月曜日、火曜日の二日間で終わらせ、水、木、金曜日は休みをとり、タイ最後の思い出にどこかに旅行したいとボクは思っていた。
そして予定通り火曜日の夕方仕事は片付いたので、ボクはまた河島を誘いドゥアンのいる店に行った。
まだ七時にもなっていなかったので、ドゥアンはノイともう一人の友達のファーと一緒に、店の表のテーブルでソムタムとバッタのような昆虫を食べているところだった。
「ハーイ、シンジ、ユタカ。サワディ・カー。今日は早いわね」
ノイがいちはやくボクらの姿を見つけて立ち上がり、河島の腕に手を回して自分達が座っていたテーブルに連れて行った。
ドゥアンは手にもっていたナイフとスプーンをテーブルの上におき、その場でボクらに向かってワイのポーズをして挨拶した。ファーもドゥアンと同じポーズをした。
ボクらはとりあえずそこに座って、ハイネッケンを二本と彼女達のためにコーラを三杯注文した。
「今日は何処かに飯食いに行かないか?それとももう食ってしまった?」
河島がそう聞くと
「ソムタムをちょっと食べただけだから、全然マイペンライよ、行こう、行こう」
ノイは大喜びでもう早速服を着替えに店の奥のほうに入っていった。
「ファーもペイバーしてやるから一緒に行こう」 と河島が言うと
「ワー、ホント?コックン・カー」
とファーも喜んで河島の頬にキスをして奥に入っていった。
最後にドゥアンも「じゃあちょっと待っててね」
と言い残して着替えに行った。ボクらが二人になったところで河島が
「ところで何処に行く?」 と聞いてきたので
「そうだなあ、何処がいいかな・・・、そうだ、ワールド・トレード・センターのビア・ガーデンにでも行かないか?」 とボクは提案した。
「うん、それいいかもしれないね。そうしよう」
これで行き先はきまった。
ボクらは女達が皆そろったところで、タクシーに乗ってビア・ガーデンに向かった。
五人だと日本では二台のタクシーが必要だが、この国ではそんなことはお構いなしだ。
前の席に河島が座り、後ろの席にボクと女三人が座った。もっともドゥアンはボクのひざの上だったが。
バンコクではビア・ガーデンは乾季にはいった十一月くらいにオープンする。
年中夏だから年中オープンしていてもよさそうだが、いくら暑くても雨の多い雨季はお客が集まらないのかもしれない。
ワールドトレードセンターと伊勢丹百貨店の前にあるビアガーデンはいくつかあるようだったが、ボクらはその中でスクムビット通りに一番近いところを選んで座った。
かなり離れた前のほうのステージで生バンドがタイのポップスを演奏していた。
タイのポップスも仕事中にタイ人のオペレーターがCDで流しているためか、知らず知らずのうちに耳に残っていて、結構いい歌があるなあとは前々から思っていた。
ただそれがなんと言う歌手の、何と言う題名の歌なのかまではボクも知らない。
ノイがクーポンを買って来るからお金を頂戴と言うので、河島が千バーツ札を二枚ノイに渡すと、三人の女は連れ立って何処かに行ってしまった。
「いよいよもうすぐ日本に帰れるね。どう?帰りたい?」
女たちがいなくなると河島がそう話し掛けてきた。
「うーん、複雑だなあ。正直言うと、まだもう少しこちらにいたい気もするけど、何時までもいるわけにもいかないしね」
「お前が日本に帰ってしまうとドゥアンが寂しがるよ。それにお前の援助がなくなったら彼女困るんじゃないの。どうするつもりだろ?何かそんな話した?」
「この間ちょっとだけそんな話もしたよ。日本に帰らないでタイで仕事をしたらいいじゃない、とあいつは言ってたけど、未だ踏切りはつかないでいる」
「そうだよ、こっちでだって仕事くらいいくらでも見つかるよ。日本の設計事務所だってあるし、ゼネコンだってある。お前だったら使ってくれる所はいくらでもあるよ。だからそうしたら?」
「おいおいちょっと待ってよ、他人(ひと)のことだと思ってそう簡単に言わないでよ。現地採用だったらこれまでみたいなお金ももらえないみたいだし、そうなるとドゥアンにも今までのような援助はしてやれなくなるだろうから、とりあえず一度日本に帰ってからゆっくり考えるよ」
「そうか、まあゆっくり考えな。来年の四月までは俺もいるだろうし、たまには彼女にもメシくらいは食わしてやるよ」
「ありがとう、それは頼むよ」
「ところでお前、日本の彼女とはどうなったの?まだ付き合ってるのかい?」
河島にはまだ弘美と別れた話はしていなかったので、彼は何も知らなかった。
「もう別れたよ」
「えーっ!、そうだったの。知らなかったな」
「うん、お前にはまだ何も言ってなかったね。まあいろいろあってね」
「そうか。だったら余計日本になんかもう未練はないじゃん」
そんな話をしているうちに女たちがクーポンを持って戻ってきた。
「ビアーだけは頼んでおいたから」
ノイはそう言って残りのクーポンを河島に渡した。河島は近くに立っているウェイトレスを呼び適当に料理を注文した。
その後すぐ別のウェイターが五人分のジョッキと、生ビールのたっぷり入ったピッチャーを持ってきて、それぞれのジョッキに注いでくれたので、改めて皆で乾杯した。
ボクはそれを一気にぐっと飲み干した。屋外で飲むビールの味は又格別だった。
その晩皆と別れたあと、いつものようにアパートに来たドゥアンに、ボクは旅行の話を持ちかけた。
ドゥアンはそれを聞くと足でタップを踏むようにして喜んだ。
何処に行こうかと言う話になって、結局ドゥアンの提案でサメット島に行くことにした。
サメット島はパタヤからさらに車で一時間くらい走った所にある小さな島だ。
その夜ドゥアンはボクのアパートに泊まり、翌朝店に帰ったドゥアンは、自分の荷物の中から三日分の着替えなどをバッグに詰めて、又ボクのアパートに戻ってきた。
その後ボクらはそれぞれの荷物を持ってアパートを出て、スクムビット通りにある日本の旅行代理店にいき、サメット島にあるバンガロータイプの部屋を二泊予約した。
そしてタクシーと交渉してサメット島に向かった。


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