「イミテーション・ラブ」-5
5 オーとの出会い
アパートに帰ってうとうとしている哲也の部屋に電話がかかってきた。
電話の音に目覚めた哲也は、一瞬自分が今何処にいるのか思い出せなかった。
しかし電話の音が日本のマンションの電話の音と違うため、ここがバンコクだということにすぐ気がついた。
受話器をとると女の声が聞こえてきた。
「いま シゴトおわりました。テツヤはネムリましたか?」
「ああ、オーか。少し眠っていたみたいだ。もう店は終わったの?」
「ハイ。いまおわりましたよ。いまからアパートいきます。いいですか?」
「ああ、勿論いいよ。場所は解る?」
「ダイタイはわかります。チカクに行ったらまたデンワしますね。あと二十プンね」
「わかった。じゃあ待ってるよ」
時計を見ると夜中の一時を少し過ぎていた。
店にいる時にオーは今夜仕事が終わったらアパートに行くと約束してくれたので、哲也は佐野にわからないようにこっそりとアパートの場所と電話番号を教えておいたのだ。
哲也は急いでシャワーを浴び着替えをしてオーの電話を待った。
ぴったり二十分後に又部屋の電話が鳴った。オーはアパートの前まで来ているという。
急いでエレベーターで一階まで降り、玄関ホールに行くと、ガラスドアの向こうに笑顔のオーが立っていた。
哲也が電子錠の内部のボタンを押してやると、ガラス扉は自動的に開きオーはゆっくりと玄関ホールに入ってきた。店とは違いジーンズ姿だ。
部屋に入ってから、肩にかけていたバッグをゆっくりはずしてベッドの上に置くと、オーは改めて哲也のほうを向き両腕を哲也の肩の上に伸ばしてゆっくりと首に抱きついてきた。
哲也も両腕をオーの腰と背中に回して強く抱きしめた。そしてそのまま二人はベッドになだれ込んでいった。
哲也ははやる心を抑えながら、オーの服を脱がそうとすると
「チョッとマッテください。シャワーしてきます。クサイはよくないでしょう?」
オーはそう言って立ち上がろうとするので
「大丈夫だ、臭くない。いい匂いだよ。俺はこの方が好きだ」
哲也は止めようとしたが、オーは笑いながら
「ダメダメ、はずかしーいです。ア・ト・デ・ネ」 オーはそう言って聞かない。
「相変わらず焦らしやがるなあ、オーは」
仕方がないので哲也はオーをシャワーに行かせることにした。
哲也がオーに初めて出逢ったのは二年前の四月だった。
毎年恒例の旅行に来たときで、佐野と一緒に《ピカソ》に行き、そこでたまたまチーママが紹介してくれたのがオーだった。
オーは明るく日本語もまあまあ出来るし、何よりも冗談が多く面白い女だったので、哲也はその時結構気に入ってしまった。
歳を聞いてみると二十九歳だというのでそれもちょうど良かった。
哲也はあまり若い娘が好きではない。自分の娘のような若い娘と付き合うのはどうも苦手だ。
しかしだからと言って自分と歳相応の女ということになると四十歳を越えてしまう。
女によってはそれくらいの歳でも充分魅力的な女はいるが、一般的には三十歳くらいがちょうど良かった。
その旅行中に哲也はもう一回その店に行き、その時は哲也が指名した。オーはそれを喜び二人はすっかり親しくなったが、その時はそれだけで哲也は日本に帰ってしまった。
一年後再び哲也がバンコクに来たとき、哲也はまたその店に行き、もしかしたらもうオーはいないかもしれないと思いながらもチーママにその名前を言ってみたら、まだいるとのことだったので哲也は喜んだ。
勿論オーも喜んでくれた。
その時オーがこの店に来る前に働いていたというスクムビットの日本レストランの店の話題になり、一度一緒に行ってみようということになった。
明くる日の夕方二人はエムポリアムで待ち合わせ、そこのレストランに行った。哲也は勿論その店は初めてだったが、なかなかいい店だった。
ソイの奥深くにあるので一般的には知られていないが料理も美味しく店の造りも悪くは無かった。哲也は充分満足してその店を出た。
オーはその日、哲也と同伴でその後《ピカソ》に行くつもりだったらしいが、哲也は今日は店には行かない、ペナルティは払うから今夜は自分と付き合ってくれと無理に頼んだ。
哲也はその日こそオーをものにしようと言う魂胆があったからだ。
タニヤの店の場合、月二日か三日休みが取れるが、その日になって急に休んだりするとペナルティを取られる事が多いみたいだ。
その額は店によって異なるのだろうが、オーの店の場合は二千バーツくらいらしい。オーは仕方なく哲也の要求を呑み、九時ごろ店に休む趣旨を電話して哲也に付き合ってくれた。
その後二人はトンローにあるジャズ・ライブの店に行き、バーボン・ウイスキーを飲んでいい気分になったところで、哲也は自分のホテルに誘った。
しかし哲也が思っていたよりオーは堅く、哲也の要求をすんなりとは受け入れてくれず、しかし次は必ず行きますと約束してくれたので、その夜は仕方なく別れた。
後で気がついたのだが、もしかしたらオーはその日生理だったのかもしれない。
そして二日後夜遅く哲也はもう一度オーの店に行き、最終近くまで店にいて、一人で店を出た後、近くの居酒屋でオーの仕事が終わるのを待った。
そこで軽く食事をしてから、約束どおり哲也の泊まっているスクムビットのホテルに行き、ようやく念願を果たしたというわけだ。それが去年の三月だった。
去年はオーとのそういうこともあって、いつもの年と違って哲也は秋にもう一度バンコクに来た。オーのことを考えると哲也は一年も待っていられなかったのだ。
その晩オーは哲也のアパートに泊まり、二人はゆっくりと時間をかけて再会の歓びを確認しあった。
オーは哲也がこれまで出逢ったどの女よりもベッドの上で敏感な女だった。
それは初めての時に哲也もすぐ気づいた。
その夜もオーは哲也の愛撫に激しく反応した。それは哲也から見て商売の反応とは思えなかった。
しかしだからと言ってそれが哲也に対する愛からだと思うほど哲也も自惚れてはいない。
哲也はこれまでにも何人かのタイ人の女を抱いた事はあるが、彼女らに共通していえるのは、セックスを商売の武器としては使うが、セックスそのものを楽しもうとは決してしない、ということだ。
これはひょっとしたら宗教的な影響があるのかもしれないが、この傾向はイサンの女に特に強く見られるように思える。
しかしオーは珍しくそうではなかった。オーはイサン育ちではないからだろうか。
彼女は普段は明るくて冗談ばかりを言う女なのだが、ベッドの上では何の恥じらいも見せずに哲也も驚くほど大胆になる。
そのギャップが哲也にはまたたまらない魅力でもあるのだが、哲也自身がもうそれ程若くもないし、またそれほど強いわけでもないので、そこにはおのずから限界はある。
二人はそんな一夜を過ごし、翌朝昼前までゆっくり寝た。そしてどちらからとも無く起きて、これからどうしようかと言う話になった。
「なんでもイイですよ。あなたにオマカセです」
「じゃあ取りあえず腹へったからエンポリにでも行ってメシでも食うか」
「イイですねえ。それからはどうしますか?」
「そうだねえ、ゆっくりしたいからマッサージなんかどう?」
「それでイイですよ」
哲也は明日からの仕事のことを思うと、今日はあまり疲れるようなことはしたくなかった。
オーもマッサージは好きで、前回哲也がバンコクに来た時も一緒にマッサージに行ったことがある。
そういうわけで二人は昼過ぎにアパートを出て、アパートの前でタクシーを拾いスクムビット通りまで出た。
そしてエンポリアムに行き、その中の日本レストランで遅い朝食と昼食を兼ねた食事を済ませた。
そしてその後、今度は散歩がてらにゆっくりと歩いてソイ三十三にある《ポー・マッサージ》に向かった。


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