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2008年4月

2008年4月30日 (水)

「イミテーション・ラブ」-35

5 ジェーン

 翌朝哲也は八時くらいに起き、シャワーだけして会社に出て行った。

 部屋を出て行くときに「PLEASE DO NOT DISTURVE」という札をドアのノブに付けておくのだけは忘れなかった。

 ここはサービス・アパートなので毎日メイ・バーンが掃除をしに部屋に入ってくる為、そのときにオーがいてはまずいと思ったからだ。

 哲也を送り出した後、オーは又ベッドに潜り込み昼近くまでそこで寝た。

 自分のアパートに帰ってもエアコンはないので、それがあるここの方が気持ちよく眠れるからだ。

 特に今の季節は暑さになれたタイ人のオーでもちょっと我慢できないほど暑い。

 オーはベッドの中で哲也のことを考えた。

 テツヤはジェーンのことを少しは気づいているだろうか、と思った。

 しかしお店のお客さんのことでは何か感じてはいるようだが、そこまで気づいているようには見えない。

 ゲェがこの前言っていたように、このことはわざわざ言わない方が良いだろう。

 哲也が気づかないことをわざわざ言った所で何のメリットもないだろう。

 秘密を作ることはあんまり気持ちのいいものではないけれど、事が事だけにこんな事は知らないに越したことはない。 

 それにしてもジェーンはまたこの頃、何処に泊まっているのか帰ってこない事が多い。

 どうせ又何処かの女と浮気でもしているのだろう。

 浮気癖の付いた男というのは何処まで行ってもその癖は治らないとお母さんがよく言っていたけど、その話はやっぱり正しかったのかもしれない。

 アリサのためだと思って一旦は家に入れたけれど、それはやっぱり間違いだったかもしれない。

 オーがそんなことを考えていたら哲也から電話が入った。

「もしもし、今はまだ俺のアパートにいるの?」

「そうです。今起きたところです」

「そうか。まあゆっくりしたら良いよ。もしお腹が空いたら、台所の上の戸棚の中にインスタント・ラーメンが入っているからそれを食べても良いよ」

「ありがとう。そうします。テツヤはまだお仕事ですか。おそくなりますか?」

「今は昼休みだけど、今日も遅くなりそうだ。だから待たなくて良いから適当な時間に帰って良いからね」

「わかりました。じゃあそうします。それじゃあお仕事がんばってくださいね」

「ありがとう。じゃあまた電話するから」

 電話の後オーはシャワーを浴び哲也のアパートを出、ラムカムヘンにある自分のアパートに帰った。

 アパートに帰ると昔の夫のジェーンが三日振りに帰っていてベッドで寝ていた。オーがこんな時間に帰ってきたのを見て

「今頃お帰りかよ。結構な身分だね。例の日本人の所に行ってたんだろ?」

 ジェーンはベッドから身を起こしながらニヤニヤ笑って皮肉っぽくそんなことを言った。

「どういうこと?それは私を非難してるの?あんたにそんなこと言う資格が少しでもあると思ってるの?私が何時に帰ろうが、何処で何をしようがあんたには関係ないでしょう。

 あんたこそこの頃何してるのよ。仕事をするってあんなに言ってたくせにどうなったのよ?私にはあんたを食べさせるお金なんてこれっぽっちもないんだからね。自分の分くらいは自分で稼いでよ。わかってる?」

 ジェーンの言い方にむかっ腹をたてたオーは厳しい表情で反撃した。

「わかってるよ。仕事は探してるがなかなか見つからなくて困ってるんだ。そのうち見つかるさ。

 そうなったらお前もあんな日本人なんかと付き合わなくても良いようになるさ。何だ日本人なんて、少しお金があるからと偉そうにして。俺は日本人は好きじゃない」

「なにさ、偉そうなこと言って。日本人のおかげでこうやって私とアリサもなんとか今まで生活してこれたんじゃない。

 あんたが一体私達のために何をしてくれたっていうのよ。偉そうなことを言うのもほどほどにしたらどう。口ばっかりで何も出来ないくせして」

 オーの言葉は苛立ちで次第にきつくなっていく。

「わかったよ。もう何も言わないよ。ところで少しお金くれないか。もうタバコを買う金もないんだよ」

「収入もないくせに、タバコなんて止めなさい。なに考えてるの?家がどういう状態か、そして私がどんなに苦労して今までアリサを育てて来たか、あなたは少しでも分かっているの?」

 オーは喋っているうちに次第に腹が立ってきて、いつの間にかえらい剣幕になっていた。

 オーのその剣幕に押されてジェーンはベッドの上でたじろいだ。

「わかった、わかった。わかったからもうそんなに怒らないでくれよ。な、とにかく千バーツだけくれないか。もう絶対にそれ以上くれとは言わないから、な、頼むよ。これで最後だから」

「千バーツなんてあるわけないでしょう!出て行って」

「じゃあ、五百バーツでいい。それをくれれば出て行くから」

 オーは黙ってバッグから百バーツ札を五枚抜き取りベッドに投げつけた。

 ジェーンはそれをポケットの中にねじ込んで部屋を出ようとした。それを見てオーが叫んだ。

「待って。部屋の鍵を返して!もう二度と帰ってこないで!」

 ジェーンはポケットの中を探って合鍵を取り出し、それをオーに渡し、そそくさと逃げるように部屋を出て行った。

 ジェーンが部屋を出て行った後、オーは情けなくって涙が出てきた。(第五章おわり 最終章につづく)

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2008年4月29日 (火)

「イミテーション・ラブ」-34

4 七夕の夜

「モシモシ、さっきデンワしましたか?」

「ああしたよ。お客さんが付いていたの?」

 哲也はできるだけ冷静さを装ってそう言った。

「そうです。チーママのショウカイです。いまオキャクサンかえりました。テツヤはイマどこですか。イマからミセいきますか?」

「今はもうアパートに帰ってきている。今日はもう疲れたから店には行かない。ちょっとオーの声が聞きたかっただけだ」

「そうですか。テツヤは今日は何の日か知っていますか?」

 オーは突然そんなことを口にした。

「エーッ!今日?何の日だろう」

 哲也は一生懸命に考えたが思い浮かばなかった。オーの誕生日は確か十月のはずだ。

「わかりませんか?」

「ああ分からないな。何の日だ?」

「テツヤはニホンジンじゃないですね。今日はタナバタです」

「ああそうか。確かに今日は七月七日だ。しかし何故そんなこと知ってるの?タイにもそんな習慣があるの」

「ないです。きのうニホンゴガッコウのせんせいがおしえてくれました。タナバタは一年に一回、オトコとオンナがあうロマンチックな日でしょ?」

「そうだね。その通りだ」

 哲也は感心した。タイに住んでいるうちに日本の習慣をすっかり忘れてしまっていた。

 特に七夕など日本の都会に住んでいてもついつい忘れてしまうような習慣だ。それをタイ人のオーから指摘されたのはちょっと複雑な心境だった。

「かえりにアパートに行ってもいいですか?」

 オーは続けてそう言った。

「ああ、いいよ」 哲也は思わずそう答えてしまった。

「じゃあいきますね。すこしまっていてくださいね」
 
 電話で言った通りオーは哲也のアパートにやってきた。夜中の一時半くらいだった。

 にこにこしながらいつもと全く変わった様子はない。手にソムタムと鶏のミンチの団子を焼いて串にさしたやつを持っている。

 それを見て哲也は少しほっとした。

「おなかがすきました。テツヤもたべますか?」

「ああ少し貰うよ」

 哲也はソファから立ち上がり、冷蔵庫の方に歩いていき、冷蔵庫から缶ビールを二缶取り出した。そしてまたソファに戻りそのうちの一缶をオーに渡した。

「かんぱーい」

 オーは自分のビールを哲也のビールに当てた。

「ああ今日はつかれました。オキャクサンしつこいです。ホテルにいこうとさそわれました。ことわるのたいへんでした」

 オーはソムタムを口に運びながらそう言った。

「そんなにしつこい客だったの?若い奴かい」

「いいえ、おじいさんです。デモは、しつこかったです。三千バーツでどうだといいました。だから一万バーツならいいですといってやりました。そしたらもういいといいました」

 オーはケラケラと明るく笑っていた。

「はっはっは、それは面白いな。断る時はそういえば良いのかい」

「そうです。いつもそうします」

「でもお客さんが一万バーツでも良いといえばどうするの?」

「かんがえたことないです。デモは、一万バーツならいくかもしれないです」

 オーはそう言ってまた笑った。

「おいおい、頼むよ。危ない、危ない」

 そう言う会話をしているうちに哲也の心も次第に和んできた。

 やっぱりオーとのこんなやり取りが自分は好きなんだと哲也は思った。

 その夜オーは珍しく哲也の部屋に泊まった。

 アリサは大丈夫なのと聞くと、アリサは今日から学校の旅行に行っているので、明後日の夜まで帰ってこないということだった。

 じゃあ明日はこの部屋でゆっくり寝てから帰ればいい、と言ってやるとオーは安心したように眠りについた。

 オーとこうやって寝るのは何ヶ月ぶりだろう。哲也はこの時やっぱりオーが一番良いなとつくづく思った。

 そして出来ることなら後もう少しだから、このまま波風を立てずに最後まで付き合っていこうと決めた。(つづく)

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2008年4月28日 (月)

「イミテーション・ラブ」-33

3 ヤリトモ

 昨夜佐野にああは言ったものの、哲也の心中は言葉ほどすっきり割り切れているわけではなかった。

 しかし理屈上はあの言葉通りであることもまた間違いない。

 哲也は仕事を終えた後、夜アパートの自分の部屋でベッドに仰向けになり、静かにオーのことを考えた。

 自分にとってオーとは一体何なのだろうということを改めて考えてみようと思った。

 オーは哲也にとっては単なる情婦のようなものなのか。それが一番近いといえば近いかもしれない。

 オーは何時だったか哲也に対して冗談めかしてそれと同じようなことを聞いてきた事がある。

「ワタシはテツヤのタイのオクさんですか、コイビトですか、それともヤリトモですか?」

「エーッ、ヤリトモ?そんな言葉誰に教えてもらったんだい?」

「オキャクサンです」

「全くしょうがない客だな。それでその意味は分かるの?」

「わかっていますよ」

「そう。それじゃあやっぱりそのヤリトモというやつかな」

「ははは、バーカ」

 その時はそんな風に冗談で終わってしまったが、本当にどうなのだろう?あの時言ったようにやっぱりヤリトモなのだろうか。そう言う要素も充分あることはある。

 哲也は日本にいる妻の久美を今でも一番愛していると思っている。だから久美と別れることなどこれまでこれっぽっちも考えたことなどなかった。

 それはそれ、これはこれ、と完全に区別して考えていた。

 ただ家庭の経済事情を考えると、哲也がタイで大したお金ではないにしろ、女に定期的にお金をやっていると言うことに少し後ろめたさを感じていることもまた確かだ。

 しかしこれもいくら日本で貧乏だからと言っても、タイ人の貧乏とはケタが違うのだから、少しくらいは助けてやっても罰は当たらないだろう、と自分に対して言い訳を作っているので、それほど深く感じているわけでもない。

 これがもし日本で、しかも東京だったらそんな風には考えなかったかもしれない。

 しかしここは日本からは何千キロも離れた国のタイだ。だから久美に対して浮気をしているという罪の意識を感じたこともこれまでのところはなかった。

 そのためにどちらかを選ばなければいけないという二者択一の意識も全くなかった。

 またオーの方もそんなことは求めなかった。

 オーには勿論、日本に妻がいるということは言ってある。しかしそれはその時も全く問題にはならなかった。

「日本にオクサンいるはモンダイないです。デモは、タイにオンナいるはダメです。オチンチン、カットね」

 とオーはその時も笑いながらそんなことを言ったものだった。

 だから余計にそう言う意識は生まれて来なかったのかもしれない。

 しかし今こうしてオーに昔の夫が戻ってきたという話を知ってしまうと、何か別の意識が生まれ始めているのを哲也は感じざるを得ない。

 それはジェラシーのようなものと言ったらいいのだろうか。

 哲也はヌンのことも考えてみた。あの娘(こ)もいい娘だった。あんまり喋らないおとなしい娘だったが、哲也の好みにも合っていた。

 一回きりにするにはちょっと惜しいほどの娘だ。しかしオーに対する意識とは又少し違う。

 オーには肉体的なことだけではない何かを感じている。

 それは言葉では簡単には言い表しにくいが、他人事には思えないような親しい感情だ。

 オーが困るだろうなと考えると放っておけないような何かがある。

 その感情はオーに昔の男が戻ってきたと分かった今でも、少しジェラシーに似た感情はあるものの、一向に消えることなく哲也の胸の中に確実に存在しているのが分かる。

 哲也がオーを見放してしまったら、オーは本当に困るのではないだろうかと思ってしまう。

 困ったオーのことを考えると他人事のように思えなくなってしまう自分に気づかざるを得ない。

 少し卑怯かもしれないが、このことはオーには暫く黙っていよう。

 そしてオーがこの後どういう態度で自分に接してくるか少し様子を見てみよう。

 佐野にも言ったようにオーが上手く自分を騙してくれればそれでいいという気持ちは嘘ではない。

 だからそれによって今後のことを考えよう、と哲也はまたしても結論先送りの結論を出した。

 哲也は携帯を取り出しオーに電話を入れた。しかし呼び出し音はするがオーは出てこない。

 店の方針でお客さんが付いているときは携帯には出ないことになっているので、哲也は今もそうなのかもしれないと思って携帯を切った。

 約二十分後に哲也の携帯が鳴った。オーからだった。(つづく)

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2008年4月27日 (日)

「イミテーション・ラブ」-32

2 佐野の心配

 その日の昼前、佐野は朝から打ち合わせに直行した客先で、客を待っている間に哲也のことを考えていた。

 昨夜の哲也の様子を見て、やっぱりあんなことを言うんじゃなかったかなと深く後悔した。

 〈山口さんは口ではなんでもないように言っていたが、ソイカウボーイであんなに酔っぱらってしまったのはやっぱりあの事がショックだったのだろう。

 私は余計なことを言ってしまったのかもしれない。それによって仕事に支障が出なければいいが〉と佐野は思った。

 それにしてもあんな哲也を見たのは佐野も初めてだった。

 普段はあんなに人の意見に耳を傾ける哲也が、昨夜は佐野が何を言っても聞く耳を持たず、ただただ自分の言いたいことばかりを言ってウイスキーを浴びるように飲んでいた。

 〈あの娘、ちゃんと部屋まで山口さんを連れて行ってくれただろうか。悪い女ではなさそうだったので取りあえずあの娘に山口さんを任せたけれど、本当に大丈夫だっただろうか〉。

 佐野はそんなことまで心配した。

 朝それが気になって会社にも電話を入れてみたが、電話には柴田が出てきて、山口さんはまだ来ていませんと言った。

 だから余計に気になった。どこかで事故でも起こしていたら大変だ。しかし携帯に電話をするのもなぜか憚られた。

 もう少し待って何も連絡がなければかけてみようと思っていた。そう思っていた矢先に丁度哲也から携帯に電話が入った。

「もしもし山口ですが」

 電話の向こうで哲也の声が聞こえる。佐野はその声を聞いてまずは胸を撫ぜ下ろした。

「ああ山口さんですか。大丈夫でしたか。心配していましたがその声を聞いてやっと安心しましたよ」

「ごめん、ごめん。電話をくれたらしいね。いやあ昨夜はちょっと飲みすぎちゃったな。今やっと会社にたどり着いた所だよ。何とか生きているので安心して」

「わかりました。あんまり無理しないようにしてくださいよ。細かい話は又後ほどと言うことで」

「はいはい、ありがとう。でも本当にもう大丈夫だから心配しないでね」

「はい、わかりました。それじゃあよろしくお願いしますね」

「オーケー、それじゃあね」

 それで哲也は電話を切った。佐野は一気に緊張感から解き放たれた気分になった。(つづく)

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2008年4月26日 (土)

「イミテーション・ラブ」-31

第五章 その後の展開

1 見知らぬ女

 真っ暗な部屋の中に明け方のような淡い光が、ベランダの少し開いたドアの隙間からうっすらと差し込んでいる。

 哲也はまだ充分アルコールの残っている頭で〈ここは一体何処だろう〉 と考えた。

 天井ではシーリング・ファンが静かに音もなくクルクルと回っている。見たこともない部屋だ。

 おまけに良く見ると自分が寝ている隣には若い女が裸で向こうを向いて眠っているではないか。

 〈この女は一体誰だ?〉 哲也は必死で頭を巡らせた。

 考えているうちに哲也は次第に昨夜のことを思い出してきた。

 あの後佐野と久々にソイカウボーイに行った。そしてその中の店を何軒かハシゴしたのを次第に思い出してきた。

 毎日の残業で疲れていた上、オーの話を佐野から聞かされたショックも重なって、哲也はすっかり酔っ払ってしまったようだ。

 最後の一軒の店でジャック・ダニエルのロックを注文した所までは憶えているが、それ以降の記憶が全くない。

 あの時確かに哲也の横には結構可愛い女が座っていたことも確かだ。女にはコーラも奢ってやったはずだ。

 しかし今横で寝ているのはその女なのだろうか?とするとこの部屋はその女のアパートか?どう見てもここはホテルではない。

 部屋の中をよく見ると、テレビの上に浜崎あゆみのポスターが貼ってある。その横には東京ディズニーランドのポスターもある。

 ベッドの上にも仏陀のイラストのポスターが貼ってある。その横にはプミポン国王の若いときの写真ポスターも貼ってある。

 やはりここは女のアパートに違いない。

 そこまで考えた時、女が寝返りを打って哲也の方を向いた。寝返りを打った女は白い左腕を哲也の首に巻きつけてきた。

 哲也は女のすることにあえて逆らわずそのままにしていた。女はそのまままた眠り続けている。

 哲也は女の顔を見た。確かに見覚えのある顔だ。確かにあの女だ。最後の店で横に座っていた女だ。

 女の顔を見て哲也も微かに記憶が戻ってきた。哲也は少し安心した。

 しかし何故俺はここにいるのか。

 多分ペイバーしたのかもしれないが、その記憶は全くない。そしてどうやってここに来たのかも思い出せない。

 〈俺はこの女を抱いたのだろうか?〉それすら全く思い出せない。しかしこの酔い方から推測するとどう考えても抱いたとは思えない。

 今何時だろう?

 哲也は左腕を見たがそこにあるべき腕時計がない。だから全く時間がわからない。

 今日は木曜日で会社は当然休みではない。哲也は少し時間が気になったが頭の中にはまだ相当酔いが残っている。

 このまま会社に行っても恐らく仕事にはならないだろう。もう少し寝ようと哲也は思った。そしてそのまま又寝てしまった。

 次に哲也が目覚めたのは下半身にある快感が走ったからだ。

 気がつくと女が哲也の身体の下の方にかがみこみ、哲也のモノを一生懸命に口にくわえて元気にさせようとしている。

 哲也は寝たふりを続けながら女がすることに身を任せていた。

 女は恐らくこのまま哲也を帰らせたのではお金がもらえないと思ったのだろう。

 一生懸命にそれを続けている。哲也はそれを薄目で見ているうちに女の心をいじらしく思い始めた。

 女に身をまかせているうちに哲也の下半身も次第に元気を取り戻してきた。

 哲也は我慢が出来なくなってついに上半身を起こした。

 女は哲也のその行動で男が目覚めたのに気がつき、口を哲也の下半身から放して哲也の顔を見上げた。

 哲也は内から沸き起こってくる、ある強い衝動に突き動かされて、今度は女の方を後ろに押し倒して哲也のほうが愛撫を始めた。

 女はタイ人にしては色も白かった。その体がドアの隙間から入ってくる微かな光の中に白く浮かび上がり、哲也の愛撫になまめかしく反応する。

 若いだけあってオーと比べると身体にもはりがある。女は哲也の愛撫に対して演技ではなく芯から感じている風だった。

 しかし女はそれを露骨には現さず必死でこらえている風だった。哲也はそれを見て余計に女が可愛いと思った。

 男と女の行為が終わった後、哲也は女と少し喋りたいと思い日本語で話しかけたが、女には殆ど日本語は通じなかった。

 仕方なく片言のタイ語で話しをした。それによると女はヌンといい、二十五歳だということがわかった。

 イサン地方の殆どラオスとの国境に近いノーンカイという町で育ったということだ。

 ここは何処だと聞くと、トンローだという。そういえばそんなことを昨夜言っていたようだったなと哲也は微かに思い出した。トンローなら会社もすぐ近くだ。

 哲也は改めて時計を探した。それはベッドの傍のテーブルに置かれていた。

 時計を見ると十時を少し過ぎている。まずいと思ったがすぐ会社に行く気にもなれなかったので、暫くベッドの中でヌンを抱いたままタイ語の会話を続けた。

 半時間くらいそうやってぐずぐずとベッドの中で時間を過ごした後、哲也は思い切ってベッドから起き上がった。

 そして窓側にあるホム・ナームに入った。そこにはタイ式の便器があり、便器の横にバケツがあり中に水がいっぱい蓄えられていた。

 哲也は小便をした後バケツの水をプラスチック製のオケで水を掬って流した。

 便器の上にはシャワーがついていたのでそれでシャワーをしようと思った。勿論お湯は出なかったが暑い時期なのでお湯は全く必要ではなかった。

 冷たいシャワーを浴びているうちにいくぶんかすっきりしてきたので哲也は漸く会社に行く気分になれた。

 部屋に戻って服を着替え、柴田に電話を入れようと思い携帯電話を探した。しかしいつも入れているズボンのポケットの中を探したが見つからない。

 ヌンに聞くと、彼女はベッドの上に散らばっているたくさんのクッションの中からそれを探し出して哲也に渡した。

 哲也は柴田の電話番号を探すため履歴の所を見ると、知らない電話番号が一つ入っているのに気がついた。

 もしかしたらこの番号はヌンのものかもしれないと思いヌンに確かめてみると、案の定そうだと言った。

 哲也は柴田に後十分後くらいにそちらに行くと電話で告げ、その後尻のポケットから財布を取り出し、そこから千バーツ札を二枚抜き出しヌンに渡した。

 ヌンはそれをワイのポーズをして「コックン・カー」と言って受け取った。

 その後ヌンは手で髪を整え、簡単な部屋着のようなものを着て哲也と一緒に部屋を出ようとした。

 哲也はヌンが自分を送って行こうとしているのかと思い、その必要はないと言うと、ここが何処だかわからないでしょうというので、確かにそうだと思い、そう答えると一緒に部屋を出てきた。

 そして少し長い廊下を歩き、廊下の一番端にある街が見渡せるテラスのような所まで行き、そこで立ち止まった。

 そして左手の方を指差して、あそこにある大きなお寺の前を歩いていけば広い通りに出るからと説明してくれた。

 哲也はそこでお礼を言ってヌンと別れた。

 階段を下りていくとヌンの部屋は四階だとわかった。玄関を出ると確かに大きなお寺に向かって道が続いている。

 道の両側にはタイ人相手の雑貨屋などの店がいっぱい並んでいる。日本で言えば門前町のようなところだ。

 普段日本人を含めた外国人は全く立ち寄らないであろうと思われるような街並みだ。トンローにこんな所があったのかと哲也は改めて思った。

 ヌンに言われた通り、大きなお寺の前の道を五分ほど歩いたら広い通りに出た。

 しかしその通りはトンローではなくもうひとつ向こうのエカマエ通りだった。

 哲也もここはタクシーで何回か前を通った事があるので見覚えのある建物があった。

 しかしその奥にこんな所があるなんて全く今まで知らなかった。

 哲也はすぐ傍にある歩道橋をわたって道の向こう側に行き、タクシーを拾い会社に向かった。

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2008年4月25日 (金)

「イミテーション・ラブ」-30

7 衝撃の事実

 設計の締め切りを二ヵ月後に控えて、哲也たちの仕事も佳境に入ってきた。毎日遅くまで残業が続いた。

タイ人スタッフ達もよく頑張ってくれる。残業もあらかじめ言っておけば嫌がることなくやってくれるし、休日出勤だって厭わずにやってくれる。

 それにはノムのリーダーシップの功績も大きいが、この事務所全体の仕事に取り組む姿勢、雰囲気が前向きなのがやはり一番大きく影響しているのだろう。

 毎日早くて夜中の九時。十一時になることもしょっちゅうだった。

 哲也も柴田も時にはノムに任せて早めに帰るときもあるが、殆どは彼らと行動をともにした。

 そう言う事が彼らの志気に大きく影響することは哲也も充分理解していたので、柴田とも相談しながら出来るだけ彼らと同じ時間をともに過ごそうと勤めたのだ。

 哲也はその忙しさの中で、オーに対する疑念は少し薄らいでいた。と言うよりもそんなことを考えている精神的な余裕を失くしていた。

 七月に入って最初の水曜日の夕方、珍しく佐野が哲也の席に来て、久し振りに一緒に食事をしませんかと誘ってきた。

 この日も忙しくて、とても夕方に帰れるような状態ではなく、その日も残業する予定だった。

 しかしここのところ佐野とも久しくゆっくり話す機会もなかったので、哲也は柴田に相談して佐野に付き合うことにした。

「どうぞどうぞ。私が残りますから、山口さんは心配なく佐野さんに付き合ってあげてください」 柴田は気持ちよく言ってくれた。

 哲也と佐野は七時に連れ立って会社を出、タクシーでスクムビット二十六にある居酒屋に行った。

「山口さんとこうやって一緒に飲むのもなんか久し振りの感じですよね」

 生ビールで軽く乾杯した後佐野が切り出した。

「そうだね。ここ暫くはばたばたしていたから、私自身こうやってこんな時間から飲むのは久し振りだよ」

「すみませんねえ。本当に。毎日遅くまで仕事やってもらって。でもお蔭様でだいぶ先が見えてきた感じになりましたね」

「まあこれが私の仕事だからどうってことはないよ。あとは時間が解決してくれると思う。後二ヶ月かな」

「そうですね。もう少しなのでお願いしますね。ところで山口さん、まだ《ピエロ》のオーさんとは付き合っていらっしゃるんですよね」

 佐野はいきなり話題を変えてきた。

「付き合ってはいるけど、このところ忙しいからなかなか会う機会もないけどね。それがどうかしたの」

「いえいえ、別にどうもしないんですけど、ちょっと気になることがあったもんですから」

 佐野は言いにくそうに言った。

「なんだよ、そこまで言ったら気になるじゃない。ちゃんと最後まで話してよ」

「そうですよね。こんな言い方をしたら気になりますよね。わかりました。じゃあちゃんとお話します。

 実は先週の日曜日、女房と一緒に《ザ・モール》のスーパーに買い物に行ったとき、オーさんを偶然みたんですよ」

「うん、それで?」 哲也が相槌を打った。

「かなり近くで見たので恐らくオーさんに間違いはないと思うのですが、話したわけでもないのでひょっとしたら人違いだったかもしれません。オーさんは何処に住んでるんでしたっけ?」

「ラムカムヘンだ」

「だったらやっぱり間違いではないでしょうね。その時オーさんは独りじゃなくて、三人一緒でした」

「三人?」

「そうです。三人でした。一人は中学生くらいの女の子。もう一人は男でした」

「男?だれだろう。女の子は多分娘だと思う。男っていうのはどんな奴だった?」

「そうですねえ、背の高い四十歳位のわりといい男でした。ちょっとファラン(白人)の血が混ざったようなハンサムな男でしたよ」

 哲也はそれを聞いて一瞬ぎくっとした。

「ええーっ、ほんと。それで向こうの方は君に気がついたの?」

「多分気がつかなかったと思います。いかにも家族と言う感じで、こちらもなんとなく入っていけないような雰囲気でしたから、あえて声もかけなかったんですが、山口さんはオーさんに旦那と子供がいるってことはご存知でしたか?」

「十二歳の娘がいるって事は前から聞かされていたんで知っていた。しかし旦那の方は確か子供が生まれる前に交通事故にあって死んだ、と言う話だった。それが本当は生きていたというのは驚きだなあ」

「なぜそう思われるんですか?だって別の男かもしれないじゃあないですか」

「いや、多分その男に間違いはないだろう。オーの話によると旦那はファランとのハーフで自分より十歳以上年上だ、と言っていたから。

 だからその男に間違いないと思うね。しかしびっくりだなあ。旦那が生きていたとは」

 哲也は本当に心底から驚いた様子だった。

「そうなんですか。だったら間違いなさそうですね。ちょうどそんな感じでしたから。しかし私は余計なことを言ってしまいましたかね」

 佐野は哲也の気持ちを想像してそう訊ねた。

「いやいや、言ってくれて感謝してるよ。実はこのところずっと少し変だと思っていたんだよ。どうもおかしいなと、もやもやしていたんで、かえってこれですっきりした感じだ。どうもありがとう」

「お礼を言われても困るんですが、本当に良かったんですかねえ。こんなことをお話して。大丈夫ですか?」

「うん、まあ死んでいると思っていた奴が実は生きていたとまでは私も想像していなかったんで、そう言う意味ではちょっと意外で驚いたけど、別に大丈夫だよ。

 もともと最後まであいつの面倒を見てやれるわけでもないわけだし、どこかで別れが来るわけだから、あいつだってそれなりにいろんなことを考えて計算はしているだろうから」

「そうでしょうね。で、山口さんはこれでオーさんとはもう別れるつもりですか?」

「いやいや、それはまだ分からないな。しかし私とすればあいつに男がいようがいまいがある意味では関係のないことだ。まあいないほうが嬉しいことは確かだけどね。

 私にだって妻はいるわけだから、相手にだけにそれを求めるというのも身勝手だと思うよ。だからたとえ男がいたとしても私をうまく騙してくれさえすればそれでいいと思っている。

 そうすれば私はあいつを追及するつもりもないし、知らない振りをするつもりだ。所詮こんなものはラブゲームにすぎないんだからさ」

「そんなもんですかねえ。私にはちょっとわかりにくい話ですが」

「そうかい。でもそんなもんだよ、こういうことは」

 哲也はそう言って出来るだけ冷静さを装った。

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2008年4月24日 (木)

「イミテーション・ラブ」-29

6 オーの秘密

 いつものように店が終わったあと、オーはゲェと一緒にタニヤの中ほどにある屋台にいた。

「この間テツヤと逢った時、あのひと私が浮気しているんじゃないかと冗談ぽく言ってたけど、本当は結構疑っているみたいなのよ。どうも本気で疑っているような気がするわ。

 私がおじいちゃんのお客さんと同伴しただけよ、と説明したら、一応納得はしたみたいだけど、本当に納得したかどうかはちょっと疑問ね」

「何か感づいているのかしらね?」

「そうかもしれない。五月の始めの頃は吉村さんの事もあって、あの頃大分ほったらかしていたからね。でもまさか彼が生きていて、今一緒に住んでいるとまでは思ってないでしょうね」

「彼は自動車事故で死んだということになっているんでしょ?」

「そう。そう言っておいたほうが安心するでしょ。それにあの頃は本当に死んだみたいなものだったんだから。子供をつくるだけつくって何処かに行ったきり、何の連絡もなく十年以上も音信普通だったんだから、死んだも同然でしょ?」

「そりゃあそうね」 ゲェが相槌を打った。

 一応ゲェには何日か前に、彼が帰ってきたと言う話だけはそれとなくしてあったのだ。しかし詳しい話をするのは今日が初めてだった。

「だからアリサにだってずっとお父さんは事故で死んだと言ってあったんだから。それがまさか十何年もたってから急に現れてくるなんて、私にも予想できなかったわ」

「ひどい話ね、それって。それで、あなたは彼を許したの?」

「初めは絶対許せないと思ったわ。三月の初め頃だったかしら。突然電話がかかってきて一度会いたいと言って来たの。でも絶対に会わなかった。

 それでもひつっこくかかってくるので、本当に一回だけだったらということで一度会ったの。それが四月の終わり頃だったかしら。そしたら今度は娘にひと目でも良いから会わせてくれと言い出してきたの。

 でもあなたは死んだことになっているから駄目と断ったんだけど、何回も何回も頭を下げて頼まれているうちにだんだん可哀想になってきて、じゃあ一回だけよという気持ちになってしまったの。でも娘にどう言ったらいいか分からずに暫く悩んだわ」

「それでどう言ったの?」

「さんざん悩んだ末に、やっぱり正直に話すのが一番いいと思って、ある日正直に話したの。それを聞いて娘は泣いたわ。泣いて泣いて涙が枯れるほど泣いた後、会いたいと言ったの」

 少し間をおいてからオーはまた話し続けた。

「難しい年頃だからね。そして三日後に彼と会った。会ったときアリサは思い切り彼の胸をたたいてまた泣いた後、しっかりと抱き合った。彼もアリサを抱きながら泣いていた。そして本当に詫びていた」

「それで一緒に住むようになったわけ?」

「ううん。その時は一旦帰ったわ。でもまた一週間したら現れた。アリサもやっぱり寂しかったのかもしれないわね。お父さんが生きていると分かったら、やっぱり一緒に住みたいと思い始めたのかもしれない」

「で、あなたはどうなのよ。もう許す気になったの?」

 ゲェはさらに突っ込んでたずねた。

「さっきも言ったけど、初めは絶対に許せないと思った。でもアリサのことを考えるとやっぱりあんな父親でもいてくれたほうがいいかしらと思い始めたの」

「彼はこの十年間何処で何をしてたの?」

「バンコクに働きに来ていたチェンマイの女と一緒にチェンマイに帰り、向こうで暮らしていたらしい」

「子供はいたの?」

「いなかったらしいわ」

「その女とは本当に別れたの?」

「そう言ってた」

「彼はそれで今何してるの?仕事はしてるの?」

「ううん、まだ何もしてない。でもするとは言っている」

「それじゃあヒモと同じじゃない。そんなのやめた方が良いよ。又何時いなくなるかわかったもんじゃないよ。もうタイ人の男なんてこりごりだって言ってたのはあなたじゃなかったの?

 あなたも人がいいのもほどほどにしておかないと本当に大変なことになるわよ。私だったら絶対に許さないと思うわ」

 そう言ってゲェは強く反対した。

「分かってる。それはわたしも充分分かってるつもりよ。でもどうしても別れられない。頭では分かっていてもアリサのことを思うと何処かに消えてとはとても言えないの。だから別れられない」

 オーは泣きそうな顔でそう言った。

「馬鹿ねえ。あなたって、本当にどうしようもない人ねえ・・・・それでテツヤはどうするつもり?」

「どうしたらいいと思う?私もそれで悩んでいるの。あの人もいい人だけど、日本には奥さんもいるし子供もいる。

 私のことを本気で一生面倒見ようと思うってくれているわけでもなさそうだし。でもだからと言ってあの人の援助がなかったら今や私も生活できない。アリサもいるし彼もいる。私はどうしたら良いか分からない」

「まあ当分の間はそのままにしておくしかないわね。彼が本気で働き始めるか見極めてから結論出しても遅くはないんじゃないの。それまではなんとかテツヤにはごまかし続けるしかないと思うわ」

「やっぱりそうかしら。取りあえずはそうするしかないのかなあ」

 ゲェのその言葉でこの件に関しては、なんとなくそのあたりに落ち着いてしまったようだ。

「ところであなたはどうなのよ。柴田さんとは上手くいってるんでしょ?」

 今度はオーがゲェに聞く番だ。

「そうねえ、今の所は順調よ。彼はまだ独身だし、私彼と結婚してもいいかなと思ってるの。そうすれば日本にもいけるし、お金持ちにもなれる。どう?」

「どうって、大体彼はそんな気あるの?」

「まだ何もそんな話はしたことないわ。でもうまくいけばそういうことも考えられるでしょう」

「まあね。でもあなた西野君とも付き合ってるんじゃないの。それに宮崎さんだっけ、あのおじいさん。あの人達からもサラリーもらってるんでしょ。どうするつもりよ。あの人たち」

「柴田さんが結婚してくれるなら、あんな人たちは別にどうだって構わないわ。もうサラリーも貰わなくてもいいし。日本から家族に仕送りをしてあげれば家族も喜ぶだろうし」

「でもそんなに上手くいくかなあ。それに仮に柴田さんと上手くいったとしても、日本に行けば行ったで、結構大変みたいよ」

 オーはさらに続けた。

「私の知り合いで日本人と結婚して日本に住んでいる人もいるけど、近所付き合いも大変みたいだし、それに日本人はタイ人の女をちょっと低く見ているらしいから、結構辛い目もしているらしいよ。特に日本人の女はタイ人の女をそういう目でみるらしいからね」

「そうね、その話はよく聞くわね。やっぱり結婚なんて考えないで、タイにいて適当に皆からサラリー貰っている方がいいかしら」

「その方がいいと思うよ」

 二人の女の話はこのあたりでなんとなくまとまったようだった。

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2008年4月23日 (水)

「イミテーション・ラブ」-28

5 柴田の場合

「ところでどう。タイの生活はだいぶ慣れてきたとは思うけど、その後ゲェとはうまく行ってるの?」

 五月末のある日、エカマエ通りに面したタイメシ屋で、いつものように柴田とぶっ掛けご飯の昼食をとりながら、仕事の話が一段落した後哲也は柴田に尋ねた。

 いつもは一緒の杉山がその日はいなかったのでそういう話もしやすかったのだ。

「そうですね。まあ今の所はうまく行っていると思いますよ。週末にはいろいろ映画に行ったり、ボーリングに行ったりして結構楽しませてもらっていますよ。この間なんかあの娘の車でアユタヤまで行ってきました」

 柴田は飯をほおばりながらそう答えた。

「ああそう。それはよかったな。私もまだアユタヤには行ってないのに、先を越されてしまったな。でも長期だとやっぱり誰かそういう女がいないとつまんないからな。お風呂屋さんに行って処理するだけじゃあちょっと空しいだけだしな。良かったじゃない、いい娘が見つかって」

「そうですね。山口さんにはいいとこ紹介してもらって感謝してますよ。ほんとに」

「いやいや、そう言うつもりで言った訳じゃあないんだけどさ。ところで君は日本には彼女いなかったの?」

「結婚しようかと思っていた娘が一人いたんですけど、半年ほど前に振られちゃいまして、これでも結構落ち込んでたんですよ。もう女なんてこりごりだと思っていたんですが、お蔭様で何とか立ち直れましたよ」

 その話は哲也にとっても初めて聞く話だったが、あまり深く聞くのもどうかと思い哲也は話を変えた。

「そうだったの。ところでさあ、ゲェはどう?他に男はいそうにないか?タイの女というのはなかなかしたたかだからさ、あんまり安心しない方が良いよ。何人もの男を掛け持ちしている女も多いと聞くからな。ゲェなんて結構美人だし、愛想も良いからファンも多いんじゃあないの?」

「そうですかねえ。そんなこと言われたらちょっと心配になっちゃいますよ。山口さんの方はどうですか。彼女だって相当な美人ですよ」

「アハハ、あいつはもうおばあちゃんだからあんまり売れないと思うよ」

「そうですかねえ。僕はもてると思いますよ。それにゲェとは歳はひとつしか変わらないそうじゃないですか」

「えーっ、そうなの?じゃあゲェももう三十なのか?全然そうは見えないけどな」

「そうですよね。見えないですよね。僕もそれを聞いて驚いちゃいましたよ。でもオーだって見えないですよ。まして十二歳の娘がいるなんて誰も思わないですよ。だから山口さんだって、あんまり安心してちゃいけないんじゃないですか」

 柴田に言われるまでもなく、哲也もそのことでこのところちょっと頭を悩ましていたのだが、そんなことを柴田に言うのも情けないので黙っていた。

「そうだな。他人のことよりも自分のことを心配したほうがいいかもな」

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2008年4月22日 (火)

「イミテーション・ラブ」-27

4 浮気旅行

 ゴールデン・ウィークは日本人観光客で一時的に賑わった《ピエロ》も、また元の暇な店に戻った。

 お客さんと言えば、チー・ママにハッパをかけられて女が電話を掛け捲ってなんとか同伴でつれてくる人ばかりで、それでも一日十人いればいいほうだった。

 だから毎日リクエストも、チー・ママの紹介も無く、コーラの無い日が幾日も続いた。

 店に出てきてもただ何もせずにお客さんを待っているだけの毎日は、オーにとってもつまらない毎日だった。

 二十人くらいの女が二階のソファで、おしゃべりをしながら何時来るかわからないお客さんをただ待っているだけの毎日だ。
 オーはゴールデン・ウィークの時の賑やかさを思い出して、もう一度あんなふうになってくれないかなと思った。

 あの時は、オーがこの店に来た年から毎年この時期に日本から遊びに来て店にも来てくれて、店に来ると必ずオーを指名してくれる人がいた。

 今年も一ヶ月も前から電話で予約をしてきて、その約束通り来てくれたので断る事も出来ず、哲也には悪いけれど、その人にずっと付き合っていたのだ。

 その人は歳は五十九歳で来年には会社を定年になると言っていた。名前は吉村と言いう。

 日本では結構大きな製薬会社の部長をしていると言う事で、普段はなかなか仕事を休む事は出来なくて、バンコクに来るのは一年に一回、いつもゴールデン・ウィークの時だけだ。

 吉村は白髪の上品な紳士だった。他の男のように助べえな話は一切せず、そのくせ面白い事を言ってみんなを笑わせるのが得意な人だった。

 金払いもよく、何時も何か買い物をしてくれるし、帰る時には千バーツのチップも弾んでくれる。だからオーにとっては一年に一回のお客さんとはいえ、貴重な固定客だった。

 過去二回はもう一人の友達と一緒だったが、今年は何故か一人で来た。

 今まではただ食事をしたり、買い物をしたりしてそのあとは店に同伴してもらったりしただけだったが、今年は少し違っていた。

 日本からの電話の時に、今回はどうしても一度フォアヒンに行ってみたいので一緒に行ってくれないかと執拗に口説かれた。

 一緒に行ってくれれば二万バーツのチップをあげる吉村は言った。

 二万バーツはオーにとっては大きなお金だった。それに断れば貴重なお客さんを一人失くす事にもなる。

 オーは迷ったが、その時は一晩考えさせてくださいと答えを保留した。吉村はすんなりと了解してくれた。

「いい返事を待ってるからね」 吉村はその時そう言って電話を切った。

 オーはその夜、考えに考えた。

 吉村はオーにとっては決して嫌な人でもないし、何と言っても二万バーツがおおきな魅力だった。

 たった二晩我慢すれば二万バーツが手に入るのだ。普通だったら二晩だったら良くてもせいぜい一万バーツだろう。

 哲也には悪いが、何か適当な嘘を言ってごまかせばいいのではないか、とオーは考えた。

 しかしそれはオーにしてみれば大きな賭けである事は間違いが無かった。もし万が一哲也にばれるような事があれば、哲也はもうサラリーはくれなくなるだろう。

 そうなると二万バーツどころの話ではなくなってしまう。

 オーはその夜迷いに迷ったが、やはり吉村の要求に答えることにした。

 オーは翌日もう一度電話をかけてきた吉村に、一緒に行きますと答えた。

「それじゃあホテルを予約しておくからね」 吉村は機嫌よく電話を切った。

 四月の末の夕方吉村はバンコクにやってきた。

 バンコクに着くなり吉村はオーの携帯に電話をしてきた。

 そしてその夜と次の日の夜は、いつものように食事をしたり買い物をしたりした後《ピカソ》に行き、二晩とも吉村は大人しくホテルに帰った。

 三日目の朝、オーは吉村とホテルのロビーで待ち合わせをした後タクシーをチャーターしてフォアヒンに向かった。

 フォアヒンでは超一流のホテルが予約してあった。オーはその夜吉村に抱かれた。それは覚悟の上の事だった。

 フォアヒンではオーは携帯の音を消していた。哲也からの電話があると、哲也にもまずいし、吉村にもまずいからだ。それでも時々吉村の眼を盗んで履歴を確認した。

 一日目の夜は哲也からの電話は無かった。しかし二日目の夜は何回も電話があったようだ。しかしその夜はなかなか電話をかけるチャンスが無かった。

 三日目のお昼前、ホテルをチェックアウトする前に吉村がシャワーをしている隙を見て、オーはベランダに出て哲也に電話を入れた。

 案の定哲也は少し疑っている風だった。しかし何とかごまかす事ができたので、哲也も少し安心したようだった。

 吉村はその日の夜、バンコクにもう一泊して、また一緒に《ピカソ》に同伴してくれて、その夜は大人しく一人でホテルに帰り、次の日の昼間の便で上機嫌のまま日本に帰っていった。

 だからオーはその夜アパートに帰ったが、翌朝またホテルまで迎えに行き、吉村を空港まで送った。

 それで吉村に関しては何とか無事に哲也にもばれずに済んだが、オーには少し哲也に対する罪の意識が残った。

 しかしオーにはそれだけではないもうひとつの秘密が残っており、そちらの方がどちらかと言うと気になっていた。

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2008年4月21日 (月)

「イミテーション・ラブ」-26

3 空回り

「もしもし、オゲンキですか?イマどこですか」

「アパートだよ。オーこそ何処にいるの?」

「いまアリサとビューティサロンにきています」

「そうか?アパートの近くか?」

「そうですよ」

「ラムカムヘンは雨じゃないの?こちらはすごい雨だけど」

「そう?雨ふっていますか?こちらはふってないですね」

「そうなんだ。同じバンコクなのにちがうんだね。ところでどうしたの?何か用かい?」

「ベツにないですよ。テツヤのこえがききたかっただけです。今日おミセにいきますか?」

「そうだなあ、久し振りだから行ってもいいかな」

「そうですか。うれしいですね。じゃあいつものところでいいですか?」

「ああいいよ。じゃあいつものところで七時。それでいいかい?」

「いいですよ。それじゃあね。待ってますね」

 オーは電話を切った。

 七時少し前にタニヤプラザに着いたら、いつものようにオーは先に来て待っていた。

 二人はタニヤプラザの二階にある〈煉瓦亭〉という焼肉屋に入ることにした。

 席について改めてオーの髪形をみると確かにいくぶんか髪が短くなっている。いつもより首筋の辺りがすっきりしている感じだ。

「少し髪が短くなったね。すっきりした感じで良くなったよ」

「そうですか。テツヤに気に入ってもらってヨーカッタです」

 哲也は取りあえず、オーが今日ビューティサロンに行ったという話しは信じようと思った。

「この頃オーはあまり付き合ってくれないけど、忙しいの」

 哲也は気になっていることを短刀直入に聞いてみることにした。

「そんなにツキアイわるいですか?テツヤはさみしいですか?」

「さみしいよ。もう二週間もほったらかされてるんだからさ」

「そうですか。ごめんなさいネ。センシュウは日本からのお客さんブッキングでした。キンヨウビ、ドヨウビ、ニチヨウビ、まいにちドウハンしました」

「三日間も同伴して何してたの?まさかお客さんとパタヤかなんかに遊びに行ったんじゃないだろうね」

 哲也は冗談ぽく言ってみた。

「それはワルイ考えですね。キキワケがワルイですね。お客さんはおじいちゃんです。そんなところにはいきません。それに六人イッショです。ショクジ、イッショ。マッサー、イッショ。それだけです」

 その断定的な言い方を聞いて、哲也は少し安心した。

 〈またしても空振りか〉健二はそう思って、心の中にあった霧がスーッと晴れていくのを感じた。

「ほんと?ならいいけどさ。浮気でもしてるんじゃないかと思って心配でしょうがないよ」

「シットですか?だったらうれしいですネ。デモは、ショウガナイでしょ。しごとですから」

「分かってるよ。仕事だからね。でも男はみんなスケベーなんだからさ、本当に気をつけたほうがいいよ」

「わかっていますヨ。でもスケベーはテツヤがいちばんですね」

「ははは、そうか。俺が一番か?」

「そうです。テツヤこそウワキしていませんか?」 今度は反撃にあってしまった。

「オーにあんまりほったらかされると本当に浮気するかもしれないぞ」

 哲也はそう適当にごまかしたが、実は内心どきりとした。

 というのはオーにほったらかされた先週の日曜日、あんまり面白くないので久し振りにペプリ通りにあるお風呂屋さんに行ったからだ。

「わかりました。これからは気をつけます」

 お互いの浮気話はそれで一応取りあえず終わった。

その夜オーは哲也のアパートに来たが、やはりアリサが独りだと寂しがるからと言って夜中の三時頃自分のアパートに戻って行った。

 それに気のせいかも知れないが、オーのその時の反応も以前と比べると少し鈍いように哲也には思われた。

 だから健二の心の中のモヤモヤはまたしてもすっきりとは晴れなかった。

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2008年4月20日 (日)

「イミテーション・ラブ」-25

2 疑惑の芽生え

 空が張り裂けるのではないかと思えるほどの激しい雷が先程から断続的に続いている。

 日本の雷と違ってすぐ傍の何処かに落雷したのではないかと思えるほどの激しく大きな爆裂音だ。

 それに続いて雨も激しくなってきた。雨季に入った六月初めのある土曜休みの午後三時過ぎだった。

 哲也がアパートのベッドに横たわり、エルトン・ジョンの昔の音楽を聞いているときだった。

 激しい稲妻と雷の音に続いて、バケツをひっくり返したような激しい雨が降り始めた。いわゆるスコールと呼ばれる雨だ。男性的で激しい熱帯特有の雨だ。

 日本では絶対に観ることの出来ないほどの雨量だ。これほどの雨が空のどこにあるのだろうと思えるほどすごい雨だ。

 それにしてもあまりにも大きな雷の音に、近くの何処かに雷が落ちたのではないかと、哲也は思わず窓を開けベランダに出てみたが、何処にもそのような様子は無かったのでひとまず安心して部屋に戻った。

 ひょっとしたらバイヨーク・タワーの避雷針にでも雷は落ちたのかもしれないな。

 部屋に戻った哲也はベッドに仰向けになり、またエルトン・ジョン音楽に耳を傾けながらそう思った。

 哲也にはこの頃オーのことで少し気になる事があった。

 それは以前なら週末になると必ず哲也が誘えば逢ってくれたのに、この頃はお客さんの予約があるからとか田舎に帰るとか言って、二週間に一度も逢ってくれない事が何回か続いているからだ。

 その感じはソンクランが終わった四月の終わり頃から始まっていた。

 四月の終わりから五月にかけて今度は日本のゴールデン・ウィークが始まり、日本からの観光客が続々とバンコクを中心にしたタイにやってきたようだ。

 あれほど閑古鳥が鳴いていた《ピカソ》もそこそこ客が多くなったらしく、オーも連日同伴の予約でスケジュールは埋まっていると哲也との電話で話した。

「前から知っているお客さんなの?」 と言う哲也の問いにたいして

「シャチョウさんのショウカイのお客さんです。ふたりだけじゃないですよ。みんなで六人デス」

 オーはそう説明した。

 だから四月末から五月の初めにかけてのメーデーを含めたタイの三連休中も、忙しいからと言ってオーは哲也には付き合ってくれなかった。

 その連休が終わったすぐ後も、オーは従兄弟だか誰だかの葬式のために田舎に帰らなければいけないと言って、日本のゴールデン・ウィークはまだ続いていてお客さんも多いにもかかわらず、いつになく二日ほど休みを取りバンコクを離れてサラブリに帰ってしまった。

 哲也はオーが田舎に帰ったという次の夜に、どうしても気になり何度かオーの携帯に電話を入れてみたが、呼び出し音は鳴るものの、オーは出なかったし、その後向こうからも電話はかかってこなかった。 

 そんな事はそれまで一度も無かったので、哲也の疑惑は益々深まり、その夜哲也はあらぬ妄想でなかなか眠付けなかった程だった。

 しかし哲也のその疑惑はその翌日のオーの電話によりあっさりと否定された。

「何バカなこといっていますか。それはワルイかんがえです。わたしはいまサラブリです。ほんとうにいそがしくてケイタイ見ていませんでした。お客さんいっぱいでつかれました。明日バンコクに帰ります。またデンワしてくださいね」

 オーはそう言って電話を切ったので、健二はその時は自分の空回りかと思い、それなりにかなりホッとして、自分の女々しい考えを恥じ、少し心が軽くなるのを感じた。

 しかしその頃を境に娘が家で待っているからと言う理由で、哲也のアパートに泊まることもなくなってしまったし、相変わらずお客さんと同伴の予約があると言ってなかなか哲也の相手をしてくれない事が何回か続いたので、哲也の疑惑はまた復活した。

 哲也はオーにはやっぱり新しい男が出来たのではないだろうか、とかなり疑い始めていた。

 この日も哲也は(あいつも娘がバンコクに出てきたので、お金がかさむようになったのは間違いないだろう) とベッドで仰向けになり、エルトン・ジョンの歌に耳を傾けながらそう思った。

 哲也は毎月の初めに一万五千バーツをオーに渡している。それは為替レートで換算すれば四万五千円くらいに過ぎないが、タイ人の生活感覚からすれば、十五万円くらいの価値があるはずだ。

 それと店からもらうお金があれば、普通のタイ人だったら充分とは言えないにしても、そこそこの生活はできるはずだ、と哲也はそれまで思っていた。

 しかしもしかしたらそれではやっていけなくて、オーも時には男に身を売って臨時収入を得ているのではないだろうか、とこの頃哲也は疑い始めている。

 しかしそんなことを直接オーに聞くわけにもいかないし、例え聞いたところで正直なことを言うはずもない。

 そうであって欲しくないとは思うものの、もしかしたらという思いを打ち消すこともまた出来ず、哲也はこのところずっとモヤモヤとした日々を過ごしていた。

 仕事中も事あるごとにその想念が頭をよぎり、何か仕事に熱中できないでいた。

 オーだって普通のタイ人の女だ。お金のためなら簡単に身体を売ることはそれほど不思議なことでもないだろう。

 タイ人の女の言うことなんて簡単に信用しない方がいい、と言うのは少しタイを知っている日本人の男なら誰だって口にすることだ。

 オーの勤めているあの店は確かに連れ出し禁止の店だが、殆どの男はそれが目当てで店に通っていることは明らかだ。

 少しまとまったお金をちらつかされれば殆どの女は堕ちるに決まっている。

 しかしオーが他の男に抱かれていることを想像することは、哲也にとってはあまり愉快な想像ではない。だがそんなことも充分ありえる話しだと哲也は思っていた。

 哲也はオーと一生供に過ごしたいと思うほどオーに入れ込んでいるわけでもない、と自分では思っている。

 妻と子供を棄ててまでオーを愛しているとも思っていない。あくまで行きずりのラブゲームだと言う感覚はある。

 だからオーが例え他の男に買われても、とやかく言う資格は自分にはないと思っている。

 それ程のお金をオーに与えているわけでもないからだ。

 それにそもそもそんな事はありえる話として、最初から分かった上でオーとも付き合いだしたはずだ、とも哲也は思った。

 しかし一方ではそんな理屈とは別に、オーが他の男に抱かれている事を想像することは何か非常に辛いと感じている自分があることも哲也は気がついていた。

 〈この感情は一体何なのだろう?〉 健二がそんなことをモヤモヤと考えていたら携帯電話が鳴った。出てみると正にそのオーからだった。

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2008年4月19日 (土)

「イミテーション・ラブ」-24

第四章 疑惑

1 サキソフォンパブ

 五月半ばの夕方、シーロムに事務所のあるオーナー方の設計会社で打ち合わせをした後、哲也と佐野は設計会社の責任者二人を誘って六時半頃からタニヤの日本レストランで食事をした。

 相手は設計の管理をするオーストラリア人だった。

 その後哲也も佐野からクラブに誘われたが、ミーティングで疲れたこともあり、あまり気持も乗らないので、ちょっと都合が悪いからと言って断り、独りでBTS(高架鉄道)のサラディン駅までやって来た。

 金曜日の夜だったので、そのままオーの店に行くことも出来たのだが、都合が悪いと佐野に断った手前、タニヤ周辺でうろうろしている所をもし佐野に見られたりしてもまずいと思い、また金曜の夜は道も渋滞しているので、タクシーで帰るよりはBTSの方が早いと判断したのだ。

 しかしBTSに乗ってしまうと、もう少し酒を飲みたいなと例の酒の虫が騒ぎ始めた。

 このままアパートに帰ってしまうのはちょっともったいないなと思ったのだ。腕時計を見るとまだ八時にもなっていない。それに明日は久々の土曜休暇だ。

 BTSのサイアム・スクェアに着いて乗り換えの時、アパートに帰るには、普通はオンヌット方面に乗り、プロンポン駅で降りるのが一番いい。

 しかし哲也は逆のモーチット方面の電車に乗り替えた。

 なんとなくジャズが聞きたい気分で、それならアヌサワリにある《サキソフォン・パブ》に行きたいと思ったからだ。

 アヌサワリに着くと以前一度だけ来たことがある勘だけを頼りに、高架の遊歩道を降りた。そしてその勘が当たっていて、意外と簡単にその店にたどり着くことができた。

 店に入ってみると、まだ時間が早いためか広い店内に客はまばらで少なかった。

 店員に案内されて哲也はライブステージのある真ん前のカウンターに座り、ジャック・ダニエルのロックをオーダーした。

 ステージではタイ人らしくない顔をした結構ハンサムで知的な顔をした男が一人、アコースティックギターで昔のフォーク・ソングをやっていた。

 ジャズを聴きたいと思ってきた店ではあったが、哲也はその店がうまくジャズをやっているかどうかについては来る前から自信がなかった。

 前に来たときも、最初の方こそジャズをやってはいたが、途中からはラテン系の音楽に変わったからだ。

 南の国なのでラテン系の音楽も、それはそれで結構ぴったり来るところもあるので、そのときの哲也は、それはそれでいいと思った記憶がある。

 だから今日こんな早い時間にフォークをやっていても哲也からすればそれほど不満ではなかったし、これもまたいいじゃないかと思えた。

 ロックのようにうるさくもないし、演奏している曲自体も哲也が昔聞いたことのある曲ばかりだったので、結構いいと思った。

 そのフォーク・シンガーを真近くで見ながら、哲也はジャック・ダニエルのロックを二杯飲んだ。

 そして結構いい気分になったところで、そろそろ帰ろうと思い、近くにいるウェイトレスを手をあげて呼び、

「チェックビン・カップ(精算して)」と言った。

 ウェイトレスは素直にうなずいてどこかに消えてしまったのだが、なかなか戻ってこない。

 そのうちに次のグループがステージに現れ、演奏の用意をし始めた。

 哲也はまだコップに残っているウイスキーをちびりちびりと飲みながら請求書が来るのを待った。

 しかしなかなかこないので、周りを見渡して見たが、さっき声をかけたウェイトレスの姿が見当たらない。仕方がないので又ステージの方に目をやった。

 ステージでは五人のバンドマンが音あわせなどしていたが、ほぼ演奏の準備が整いつつあった。

 哲也が見る限り、タイ人と黒人のハーフであろうと思われるような色の黒いスキン・ヘッドで体格のいい男がリード・ギターで、これもパキスタン系とタイ人のハーフであろうと思われる男がベース・ギター、マレーシア系の顔をした男がエレクトーン、中華系の男がサイド・ギター、そして日本人らしき顔をした男がドラムの男ばかり五人編成だった。

 年恰好からしてもとてもジャズをやるようにも見えなかったので、哲也はそろそろ帰ろうかなと言う気になっていたのだ。

 しかし何時まで経っても女の子は伝票をもってこない。

 哲也が少しいらだち始めたら、新しいグループの演奏が始まる直前に、哲也の横から突然ウェイトレスの手がすっと伸びてきた。

 そして新しいジャック・ダニエルのロックを当たり前のようにテーブルの上にポンと置いた。さっきのウェイトレスだ。

 「ええ・・・?」 と言う感じで哲也はそれを持ってきたウェイトレスの方をふりかえったが、その時にはその娘はもうすでに少しはなれたところに行ってしまっていた。

 哲也はその瞬間「何だよ、これは・・・?」 と言う気にもなったが、あまりにも自然に新しいコップが置かれたものだから、わざわざこれは間違いだと言うのも何か野暮なような気がして、〈ここはタイだから・・・まあいいか〉と言う気持ちになった。

 そうしているうちに新しいバンドの演奏が始まった。始まったらすぐに彼らの演奏はブルースだということがわかった。

 哲也はブルースも嫌いではない。と言うよりもむしろ好きな分野だといってもいいほどだ。

 先ほどのアコースティック・ギターとは全然違う迫力があるし、それよりもなによりもすごくうまい。 

 哲也は次第にその演奏に引きずりこまれていった。その音楽にあわせて自然に体が動いていくのをどうすることも出来ない。

 〈いいじゃない!〉 哲也は心の中でそう叫んだ。

 さっきの女の子が間違ってくれたおかげでこんないいものが聴ける。

 ある意味では良かった。これも何かの縁かもしれない。哲也はそう思った。

 そのうちリードギターの男のボーカルが始まった。これもまたうまい。

 黒人独特の鼻にかかったようなしわがれ声ではないのが、哲也には少し不満だったが、それ以外は申し分がないほどいい感じだ。

 こうやって改めてブルースと言うものを生で聴いてみると、哲也の頭の中では、これまでブルースはジャズと比べて一歩低いところにある音楽だと言う認識があったが、ひょっとしたらそれはとんでもない間違った認識だったのかもしれないと思い始めた。

 哲也の中にはこれまでブルースと言うものはある一定のイメージしかなかったが、こうやって生で聴いてみると、音にも物凄いバラエティーがあるし、技術的にも奥深いものが一杯あることがわかった。

 それと比べるとジャズは、敢えて極端な言い方をすれば格好つけているだけの音楽かもしれないとさえ思った程だ。まあそれは極端だが・・・。

 ひょっとしたらブルースの方が自然で息の長い音楽なのかもしれないな、と思えるほど哲也はその時改めてブルースの良さを認識しなおした。

 哲也はすっかりいい気分になって、もう一杯ジャックを注文してしまった。

 結局哲也は四杯のロックを飲んですっかりいい気持ちで家路に着いた。

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2008年4月18日 (金)

「イミテーション・ラブ」-23

6 バナナボート

 哲也とオーは一階に下りて、レストランでビュッフェ形式の朝食をとった。

そこには柴田たちの姿はなかった。しかし十時に待ち合わせをしているので敢えて電話はしなかった。

 食事をした後二人は海岸を少し散歩し、又部屋に戻って一服した後、十時前にロビーに下りていった。

 その時には柴田とゲェがすでに来て待っていた。

 四人は昨夜と同じくタクシーでサウスパタヤの船着き場まで行き、木の長い桟橋を歩いて船に乗った。

 連休の真最中のせいか、船は結構満員に近い状態だった。客は殆どがファラン(白人)だった。暫く待たされた後船は出発した。

 四人はどうにか前の方の席に座れたので、のんびりと海上から離れていくパタヤの街を眺めたり、前の方に次第に近づいてくるラーン島を見たりしていた。

 船は大きなエンジン音を立てる割には大したスピードは出ないようで、前に見える島がなかなか近づいてこない。

 後ろの方からくる高速艇に何台もあっという間に追い抜かれてしまう。それでも一時間くらいでなんとかラーン島に着いた。

 砂浜はパタヤの街からいうと裏側に開けていた。砂浜から三十メーターほど手前で船から降ろされたが、遠浅の海のため大して深くはなかった。

 客たちは皆ズボンの裾をおりあげて靴を手に持って砂浜の方に向かって水の中を歩いた。

 砂浜にはいろんな店が出ていて、それぞれの店がビーチパラソルとデッキチェアとテーブルを店の前に並べて拡げている。

 それらのかなりの部分がすでに客たちで埋まっていたが、いくつか空いているうちのひとつを選んで四人は荷物を置いた。そしてデッキチェアに座り少し休憩した。

 哲也達が椅子に腰を下ろしたのを見て、短パンを穿いて上半身は裸の色の黒い若者が、すぐに飲み物と料理のオーダーを聞きに来た。

 それに対して女たちはビールと何品かのタイ料理をオーダーした。

 改めて海の方を眺めると、ファランやタイ人の家族連れで砂浜は一杯だ。

 ヤシの木の連なる白い砂浜。絵に描いたような南国の海の風景が目の前に広がっている。

 それらを眺めているうちに、哲也は仕事のストレスが綺麗さっぱり洗い流されたような爽快感を感じずにはいられなかった。

 やがてビールが運ばれて来たので四人で改めて乾杯をした。

 ビールを飲みながらつまみを食べているうちに、哲也はデッキチェアの上でうつらうつらとし始めた。そしていつの間にか眠っていた。

 目が覚めたとき他の三人の姿がなかった。海の方をみても何処にもいない。何処へ行ったのだろうと思っていたら、暫くして三人が後ろから戻ってきた。

 三人とも水着に着替えている。柴田は勿論海水パンツだったが、女たちは水着と言うより短パンにTシャツと言う感じの露出度の少ない水着だった。

 タイ人の女はこういう所では肌を見せる習慣がないのか、周囲を見渡してもタイ人らしき女は皆同じような姿だ。

「山口さん、起きていましたか。この人たちがバナナボートに乗りたいというのであそこの店まで水着を買いに行ってきました。山口さんも乗りますか?」

「いや、俺はいいよ。荷物の番も必要だし、君たちだけで乗ってきたらいい」

「そうですか。それでは僕らだけで乗ってきますから、すみませんが荷物の番お願いします」

「ああいいよ」

「じゃあ、行って来ますね」

 オーも哲也に声をかけて三人そろって海の中に入って行った。哲也は又独りでビールを飲みながら三人の姿を眺めていた。

 海の中に入ると女達ははしゃいでいた。三人で水の掛け合いなどを始めて嬉しそうに騒いでいる。

 柴田はまだ若いだけあって元気に女達の相手をしている。

 やがて三人は次第に沖のほうに向かって行き、バナナボートの運転手と交渉を始めた。

 そして話がついたみたいで、三人ともライフベストを着てボートにまたがった。柴田が一番前で、次にゲェ、そしてオーという順番だった。

 ボートが動き始め、次第にその速度を速めていった。女達はキャアキャア言って騒いでいる。

 ボートは泳いでいるお客のいない沖の方をかなりのスピードで走った。

 比較的哲也の近くに近づいた時、オーもゲェも哲也に向かって手を振り上げて合図をしてきた。哲也も手を振ってそれに答えた。

 ボートは急旋回して、今度は哲也とは反対方向に走り去っていった。

 そう言うことを何回か繰り返した後、ボートは哲也の視線から遠ざかり次第に三人の姿が小さくなった。

 それでも哲也はデッキチェアに座ったまま三人の行方をずっと見続けていた。

 かなり遠くまで行って又こちらに向かって急旋回する時、三人は遠心力に耐え切れず、ボートごと海の中に放り投げられた。

 哲也は少し心配になってその場で立ち上がったが、すぐに三人は元の位置に戻ったのがわかり安心した。

 それから十五分程して三人は哲也の元に戻ってきた。三人とも充分にスリルを満喫したような表情をしていた。

「おもしろかったです」

 オーは濡れた髪の毛をタオルで拭きながら嬉しそうに言った。

「海に投げ出された時は怖かっただろう?」

 哲也がそう聞いてやると

「みえていましたか?こわかったです。でもはオモシロかったですよ」

 オーはにこにこしながら答えた。

 四時ごろになってそろそろ帰ろうかと言うことになった。

 帰りは高速艇を使うことにした。高速艇は海をすべるように走るので二十分くらいでサウスパタヤについた。

 後はタクシーでホテルまで戻り、ゲェの車でまたバンコクに戻った。(第三章おわり 第四章につづく)

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2008年4月17日 (木)

「イミテーション・ラブ」-22

5 朝の光

 翌朝哲也は六時半に目が覚めた。

 オーはまだぐっすり眠っている。分厚いカーテンのわずかな隙間から朝の光が少しだけ部屋に差し込んできている。

 哲也はベッドからそっと起きだして静かに窓の方に歩いて行き、カーテンを少し開いて外の景色を見た。

 ちょうど夜が明けたところくらいで、昨日と同じ海岸線がずっとはるかかなたまでカーブを描きながら延びていっている。

 空は雲ひとつなく晴れ渡り気持ちのいい朝だった。

 哲也は一度ベッドの方に戻り、サイド・テーブルに置いていたタバコとライターを手に持って再び窓際に戻り、今度はガラス窓を開いてバルコニーに出た。

 そしてタバコに火をつけて大きく一服吸ってから手すりにもたれ、何処までも続く海岸線の美しい景色に暫く見とれていた。

 このバルコニーは西南の方向に面しているので、朝日は直接見えないが、おそらくまだ地平線のごく低い所にあるのだろうと想像が出来る。

 涼しい風が海の方から吹いてきて非常に気持ちがいい。海岸線の方向に目をやっても、まだ人影はない。

 動くものといえば白い犬が一匹浜辺を歩いているのが見えるだけだ。全てが停止した世界だ。

 哲也はそんな景色を眺めながら、ふっと一瞬だけだが妻の久美の事が頭をよぎった。

〈俺だけこんな気持ちのいい事をしていて良いのだろうか?あいつにはここ何年間か何処にも連れて行ってやった事がなかったな〉と。

 しかしそれは本当に一瞬だけで、そんな気持ちも目の前の美しい風景の中に泡のように消えて行った。

 哲也はそこで五、六分過ごした後、又部屋に戻った。

 何もする事がないのでシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びてベッドに戻ってもオーはまだ眠っている。

 仕事の時間帯が違うので、オーにはこの時間はまだ真夜中なのかもしれない。

 仕方がないので哲也は又ベッドにもぐりこんだ。そしてオーの体を後ろから抱いたまま暫くうとうとしていたらいつの間にかまた眠っていた。

 バスルームの方から聞こえてくるチョロチョロという微かな音に哲也は目が覚めた。

 ベッドにはオーの姿がなかった。その音はオーがオシッコをしている音らしい。その音を聞いて哲也はオーに対して一層愛おしさを募らせた。

 何時だろうと時計を見ると、八時半を少し過ぎた所だった。

 オーはバスルームからなかなか出てこない。

 暫くしてシャワーの音がし始めた。哲也はまた窓際に行き今度はカーテンを全開した。窓一杯に外の景色が拡がった。

 海岸線にはもう朝の太陽がさんさんと降り注いでいて、さっきの静かな雰囲気はなくなっている。世界は静から動に変じていた。庭のプールにも砂浜にも人の姿がちらほらとだが見えた。

 哲也はベッドに戻り、リモコンでテレビをつけた。テレビではどの局もニュースをやっていた。

 そのうちに全身にバスタオルを巻いたオーがバスルームから出てきた。

「おきていましたか?おなかすきませんか?」

「空いた、空いた。メシ食いに行こう」

「ちょっとまってください。すぐしたくしますから」

 オーはバスタオルを巻いたまま鏡の前に立ち、ドライヤーで髪を乾かし始めた。

「ねえ、柴田とゲェのことだけどさあ、あいつら昨夜はどうしたと思う?」

 哲也はずっと気になっていることをオーにたずねた。

「どうしたって、どういうことですか?」

「ゲェは柴田のこと、どう思っているんだろう。彼女には男いるんじゃないの?」

「お客さんはいっぱいいますよ。デモは、きまったひとはいませんです」

 オーはそういう商売上の話は、いくら親しい哲也にでも本当のことは言わない。

「本当?信じられないな。まあそれは良いとして、柴田のことは気に入っているのかな。ゲェは何かそんな事言ってなかった?」

「いいひとだと言っていましたヨ」

「そう。だったらいいけどさ。いきなり泊まりだからね。もし嫌だったらちょっと大変だなと思っただけ」

「いやだったらこんなところにまでこないです。そうでしょ」

「まあそりゃあそうだけどさ。じゃあそろそろメシ食いに行くか」(つづく)

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2008年4月16日 (水)

「イミテーション・ラブ」-21

4 海岸で  

 シャワーを終えて服を着替えた哲也とオーが三時に一階のロビーに下りていくと、柴田とゲェはすでにソファに腰を下ろして待っていた。

「待たせちゃったかい?」 哲也が柴田に聞いた。

「いえいえ、ちょっとその辺を散歩していました。それにTシャツやサンダルなどの買い物もしてきました。今回そういうものを何も持ってこなかったものですから」 

 確かに柴田もゲェもここに来る時とは違うリゾートファッションに着替えている。 

 四人はそれからそろって外に出、プールサイドを歩いた後日陰のテーブルを選んで腰を落ち着けた。

 すぐに近くのショップの店員がやってきて注文を聞いたので、哲也はハイネッケンを二本と女達のためにトロピカルジュースを二本注文した。

 女達はそれに軽い食べ物も追加した。 

 四人はそこで二時間くらいいろんなことを喋りながらゆっくりと過ごした。女同士が親友ということもよかったようだ。二人はずっとタイ語で楽しそうに喋っていた。 

 女たちがトイレに行っていない時を見計らい、哲也は前から気になっていたことを柴田に聞いた。

「彼女とはどう?もうキスぐらいはしたの?」

「まだしていませんよ。どうですかねえ。彼女やらせてくれますかねえ。心配だなあ」

「ははは、大丈夫さ。彼女はそんなに堅くはないと思うよ。まあ君の持って行き方次第だとは思うがね」

「そんなこと言わないでくださいよ。プレッシャー感じてしまうじゃないですか。ここまで来て出来なかったらホント最悪だな」

「まあ頑張れよ。ところでコンドームは持ってきた?無かったら分けてやってもいいぜ」

「ありがとうございます。でもそれは大丈夫です。昨日セブン・イレブンで買ってきましたから」

「そうかい。じゃあ大丈夫だな」 

 そんな話をしているうちに女達が帰ってきたので二人はその話を切り上げた。

「たのしそうにはなしをしていましたが、ナニはなしていましたか」 

 オーは二人の様子を遠くから見ていたのだろう。

「いや、別に大したことじゃあないよ」 哲也は適当に答えてごまかした。

「そうですか」 

 太陽が海の向こうに傾き始めた頃四人は立ち上がり、プールの外側にある浜辺に出て散歩をした。

 ここの海岸はホテルのプライベート・ビーチらしく、人がまばらにしかいないので静かだった。

 いつの間にかオーは砂浜に転がっている貝殻を拾い始めた。

「そんなもの拾ってどうするの?」

「アリサのお土産です」 オーが言うので哲也も手伝ってやることにした。

 意識してよく見てみると貝殻にもいろんな種類があるのに哲也は改めて気がついた。

 暫くして大きくて真っ赤な太陽が海の向こうに沈み始めた。

 海もその光を受け茜色に染まり、穏やかな波がきらきらと輝いて揺らめいている。

 沖の方を走る船が細くて長い影を波の上に延ばしている。

 哲也とオーは貝殻拾いをやめ、近くにあった小さな岩に腰を下ろして、その沈み行く太陽を静かに並んで眺めていた。  

 その後四人は又一旦部屋に帰ってから、今度は七時半に待ち合わせてセントラル・パタヤの繁華街の方にまで出かけていくことにした。

 ジョムティエンは静かで良い所だが、夜遊ぶにはちょっと寂しい所だった。

 ゲェの車もあったが、それではゲェがお酒を飲めないのでタクシーを呼ぶことにしたのだ。

 セントラル・パタヤは観光客でにぎわっていた。まるでパッポンがそのまま街になったような所だ。

 その中で海にテラスが大きく張り出したシーフードの店を見つけ四人は入った。そして海老や貝や魚の料理を食べながらビールを飲んだ。

 気持ちよく酔った所で散歩がてらに街をブラブラ歩いていたら、丁度いいところにオープンバーがあったので入ることにした。

 シーフードの店でビールをたくさん飲み、もうこれ以上ビールは飲みたくなかったので、哲也も柴田もバーボンの水割りを頼んだ。女たちはバカルディを頼んだ。 

 哲也はさっきからずっと柴田とゲェの様子が気になっていた。

 昼間はまだかなりぎこちなさが残っていた二人も、酒が入りかなり打ち解けた雰囲気になってきたので哲也は少し安心した。

 ゲェがうまくそう言う風にリードしているようだった。

「あの二人、何とかうまくいきそうだね」 

 哲也がオーの耳元でそっとささやくと

「そうみたいですね。少ししんぱいしていました。デモはダイジョウブです」 

 オーも同じように心配していたようで、哲也の耳元でホッとしたように囁いた。 

 明日はどうしようと言うことになり、ゲェの提案でラーン島に行こうということになった。

 ゲェはお客さんと何度もパタヤには来た事があるので、パタヤのことはよく知っていた。

 しかしそれを知っているのはオーだけで、男たちは二人ともそんなことは何も知らなかった。  

 十時過ぎに四人はバーを出、又少し街を歩いた後タクシーを拾ってホテルに帰った。

 しかしまだ少し飲み足りない感じなので、みんなでホテルの中にあるプールバーに行き、酒を飲みながらビリヤードをした。

 一時間くらいそこで遊んでから四人はまた二組に分かれて部屋に戻った。(つづく)

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2008年4月15日 (火)

「イミテーション・ラブ」-20

3 パタヤへ

 パタヤに行く朝になった。

 その日四人はエンポリアムの前で十時に待ち合わせ、ゲェの車でパタヤに向かった。

 柴田は運転するゲェと並んで前の席に座り、哲也とオーは後ろの席に座った。

 結構道が混んでいたためパタヤに着いたのは昼を少し過ぎていた。

 オーが予約したホテルはパタヤの少し南の方にあるジョムティエンという地区にあるアンバサダー・シティー・ジョムティエンという大きなホテルの旧館の方だった。

 玄関を中に入ると十五階分くらいの大きな吹き抜けの空間があった。

 一階のフロントで手続きを済ませたあと二組のカップルはそれぞれの部屋に入った。部屋は両方とも十二階にあった。

 部屋に入ると窓の向こうに何処までも続く海岸線がみえた。

 なかなかの景色だ。海岸線に沿って超高層の白いコンドミニアムが点在していて、その間を南国の緑の樹木が埋めている。

 そしてその横には何処までも続く青い海岸線が拡がっている。荷物を置いた後哲也はバルコニーに出てその景色を暫く眺めた。

「いい景色じゃない。気持ちがいいよ。オーも出てきたら」

 鏡に向かって髪の毛にブラシをかけているオーに哲也はそう声をかけた。

 少し間をおいてオーもベランダに出てきた。そして哲也の横に並んで景色を眺めた。

「きれいですね。ヨーカッタです」

 オーもその景色に暫く見とれていた。

 ホテルの真下には広いガーデンがあり、その中に子供用と大人用の大きなプールが二つあった。何人かの白人の客がそこで泳いだり、日光浴をしたりしている。

 二人は暫くバルコニーでそんな景色を眺めた後部屋に戻った。

 三時に柴田たちと待ち合わせの約束をしているが、それまでにはまだ時間もたっぷりあるので少し昼寝をとることにした。

 二人はリゾート風の花柄のベッド・カバーをはずさないままの大きなダブル・ベッドの上に服を着たままゴロンと横になり、しっかりと抱き合って寝た。

 哲也は一時間くらいで眠りから目覚めた。

 すぐ傍に眠っているオーの顔がある。オーは安心しきったように哲也の胸に顔を乗せ、それに左手も添えて眠っている。

 それを暫くみているうちに哲也の中にムクムクと強い性の衝動が湧き出てきた。

 哲也は右手をオーの背中に廻した。オーのシャツは背中が大きく開いていたので肌がじかに手に触れた。

 背中は滑らかで柔らかく、それを暫く撫ぜているうちに哲也の欲望はさらに高まり、右手をゆっくり腰の方にまで下ろしていき、そこでぐっと力を込めて自分の方に引き付けた。

 その瞬間「ウーン」という小さな呻き声がオーの形のいい口から洩れた。それでもオーはまだ眠っているようだった。

 哲也は次にその右手をオーの胸に持っていき、シャツの上から胸を撫ぜ始めた。さらにオーの少し開いた唇に自分の口を持っていった。

 その時点でオーも眠りから覚めたようだった。オーも両手を哲也の首に廻してきて哲也の接吻にこたえた。

 いつもはシャワーをしてからでないとセックスを許さないオーだったが、その日は旅の開放感からか何故かそのまま素直に哲也の要求に応じた。(つづく)

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2008年4月14日 (月)

「イミテーション・ラブ」-19

2 予約

 哲也はその夜、久し振りに《ピカソ》に顔を出した。十時半くらいだった。

 会社のスタッフは《ビエンチャン・キッチン》で盛り上がり、次はカラオケに行こうということになったらしいが、哲也はお金だけを渡して逃げてきた。

 若い連中ばかりでちょっと付いていけない雰囲気だったので、柴田だけを誘って別行動にしたのだ。杉山はスタッフたちと行動をともにした。

 哲也にとっては三週間ぶりのタニヤだった。

 仕事が忙しくてなかなか来る時間が取れなかったのもあるが、息子の信也にお金がかかるのに、親父の自分がこんな所で飲んでいる場合ではないと言う意識も少しは働いていたようで、それが哲也をしてタニヤから遠ざけていた所も少しはあったようだ。

 その間オーとは電話で三日に一度くらいの割合で連絡は取っていたが、会うのは二週間振りだった。

 オーには今日は行くとは言ってなかったので、電話で今から行くと言うと喜んでくれた。

 電話もしないで突然行くとオーは別のお客についている可能性もあるので、一応電話だけはしておいたのだ。幸いオーは空いていた。

 柴田がこの店に来るのは初めてだった。

「すごい店ですねえ。高いんじゃないですか、こんな店」

 柴田は入るなり店の雰囲気に圧倒されたように周りを見渡しながら言った。

「そうだろう?私も始めてきた時はそう思ったが、それが大したことないんだな。まあ千バーツくらいで収まるよ」

「千バーツ?そんなんでいいんですか?日本だったらこの雰囲気だと軽く二万円くらいはかかりますよねえ」

「そうだろうね。それくらいはかかるだろうね。最近は日本でこういう店には行ってないのでよくわかんないけど」

「かかると思いますよ。僕もあんまりこういう店には行ってないんで詳しくは知りませんが」

 例によって最初にチーママが出てきてお絞りを出した後、柴田に女を選んでくれと言うので、柴田は立ち上がってチーママの後に従い奥に入っていった。

 それと入れ替わりのようにしてオーが席に現れた。オーはいつものように満面に笑みを浮かべ、ワイをした後哲也の横に座った。

「おひさしぶりですネ。元気でしたか?」

「ああ、元気だったよ。しかし忙しかったのでちょっと疲れた」

「そうですか。まあゆっくりしてください」

 オーはその後ウイスキーの水割りを作り始めた。

 暫くして柴田が奥から帰ってきた。

 「イヤイヤ驚いちゃいましたよ。女の子が二十人くらいいて立ち上がって、皆こちらを向いて笑顔で誘ってくるんですから、恥ずかしくてゆっくり選べないですよね。いやあ参ったなあ」

 柴田は幾分興奮したような表情で言った。たしかにその気持は哲也にも良くわかった。

 哲也もそれは苦手だった。だから始めてこの店に来た時もそれが嫌なのでチーママに任せたのだ。 

「しかし綺麗な娘ばかりですねえ。さすがに噂に聞くタニヤです。あっ、この人が山口さんの彼女ですか?」

 柴田はその時初めてオーの存在に気がついたようだった。

「そうそう。彼女がオーです。オー、この人が柴田さん。この前話しただろ」

 オーは笑顔で立ち上がってワイをし、軽く膝を落とした。

「柴田です。よろしくね。しかし彼女すげえ美人じゃないですか。山口さん」

 柴田は哲也の方を向いてそういいながらソファに腰を下ろした。

「まあそうかな」

 柴田の言葉を聞いて哲也も悪い気はしなかった。

 そうしているうちに柴田が指名した女がやってきて彼の隣に腰を落ち着けた。女はゲ