「イミテーション・ラブ」-38
3 ヌンとの再会
哲也はその女が一ヶ月ほど前、ソイカウボーイで出逢ったあのヌンであることをすぐ思い出した。
「おお、久し振りだね。元気だった?」
哲也は日本語でそう言ったがヌンには通じていないようだった。
ヌンはただにこにこ笑っているだけで何も返事をしなかった。
恐らく雨を避けてカフェの軒先に避難していた人々の中にヌンもまぎれていたのだろう。
そしてその中で哲也の姿を見つけ、暫く本当に哲也かどうか見定めていたのかもしれない。
哲也は場所を変わりたいと思った。ここはあまりにも人が多すぎるから、ゆっくり話が出来ない。
しかし直ぐに雨は少し小降りになってきた。これくらいなら少しくらいの移動は可能だ。現に店先に避難していた人たちも今では少しずついなくなっている。
ヌンはどうやら一人らしい。あとは都合が良いか悪いかを聞くだけでいい。
哲也はタイ語でそれを聞いた。
「ダーイ・カー」
ヌンはそう答えたので哲也は店を変わることにした。
すぐ近くにある例の《ロビンフッド》だ。そこならこの時間でもビールが飲めると分かっていたからだ。
歩いて三十メートルくらいの所にその店はあった。
《ロビンフッド》は最初に来たときに結構気に入った店だったので、哲也はその後も一人の時に何回か来た事があるが、女と一緒に来るのは今回が初めてだ。
例の愛想の良いウェイトレスが今日もいて、哲也が女と一緒に入ってきたのを見てにっこり笑い、からかうような視線を哲也に送ってきた。
二人はドアを入って右側のスクムビット通り側のソファに並んで席を取った。
すぐにそのウェイトレスが来て注文を聞いたので、生ビールを二杯注文した。
まだ時間が早いせいか店内にお客の姿は数人しか見えない。皆ファラン(白人)の客ばかりだ。
「良く俺のことを憶えていてくれたね」
哲也はタイ語で何とかそのようなことを言った。
「私は一度寝た人はわすれません」
ヌンは笑いながらそう言ったので、それを聞いた哲也も「なるほど」と言って笑った。
ヌンは胸のあたりにシルバーの刺繍模様が付いた黒のTシャツにブラックジーンズという格好だった。
すぐに生ビールが来たので二人で乾杯した。
それにしても考えてみれば危ない所だった。
ヌンに会った時、もし約束通りオーがあの店に来ていたらえらい事になっていたかもしれない。オーの娘のアリサには申し訳ないが感謝したい気持ちだ。
「あの時は私は本当に酔っ払っていただろ?」
哲也はヌンに始めてあった日のことをタイ語で聞いてみた。
「そうですね。キーマオでした。あなたは憶えていますか?」
「全然憶えてないよ。気がついたら朝で、横に君が寝ていた」
「えーっ、そんなに憶えてないの?そこまでには見えなかったわ」
ヌンは驚いた様子だった。
「ところで今日は何をしにここにきたの?」
ビールを飲みながら哲也はヌンに訊ねた。
「ビューティサロンに行ってきて、これから買い物に行くつもりです」
「買い物は何処に行くの?」
「MBKです。四時に友達と待ち合わせしています。あなたも一緒に行きますか?」
「いや、今日は止めとくよ。少し用事があるから。今度にしよう」
「そうですか」
哲也は別に予定は無かったのだが、友達と待ち合わせしていると聞いたので、やめておくことにした。ヌンもしつこくは誘わなかった。
このあとも二人はビールを飲みながら暫く話をした。
哲也はヌンに決まった男はいるのかと訪ねると、本当かどうかは分からないがそんな男はいないとはっきり答えた。
そんな男がいたら今頃こんな所にはいないと言う。確かにそうかもしれないな、と哲也も思った。
ビールを一杯分飲み終わったところでヌンの約束の時間も迫っていたので二人は一緒に店を出、ヌンをBTSのプロンポン駅まで送って行き、そこの改札口で別れた。
別れた後ヌンの後姿を見送りながら、なんとなくぼんやりしているが、なかなか良い女だな、と哲也は心の中でつぶやいた。
哲也はその後ヌンに逢う前に考えていたようにポーマッサージに行き、そこで二時間過ごした後夕方になってアパートに帰った。(つづく)


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