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2008年5月 6日 (火)

「イミテーション・ラブ」-41

6 打ち上げの日

 一週間たって図面のチェックが戻ってきた。

 修正は大した量ではなかった。その週のうちに全て修正を終えてしまった哲也と柴田は、その週の週末にスタッフ全員を集めて最後の打ち上げ会をすることにした。

 哲也と柴田が会社に行くのもその日が最後だったからだ。

 哲也は明くる日の日曜日までバンコクにいて、次の週の月曜日の朝の便で日本に帰る予定だ。

 柴田は同じ月曜日にカンボジアのアンコールワットに行き、二、三日ゆっくりしてから日本に帰ると言っている。

 打ち上げの場所はエカマエ通りに面したガイヤーンのおいしい店だった。

 その店にはエアコンが効くが煙草のすえない部屋と、屋根はあるが壁が無いので煙草もすえる部屋があり、みんなは壁の無い方の部屋を選んだ。

 百人くらいは充分は入れるほどのスペースがあるので、十数人では充分だった。

 今回は社長の藤川も佐野も一緒に加わった。そこで半年かかったプロジェクトがようやく終わったことを祝してみんなで乾杯をした。

 みんなの顔には、あるひとつの仕事を達成した満足感で一杯の表情が満ちあふれている。

 やっぱりこれだ。これがあるからこの仕事も止められないのだ。

 途中苦しいことも一杯あるが、そして投げ出したいと思うことも一度や二度ではなかったが、仕事を終えたときのこの達成感が何ともいえないため、哲也も今までこの仕事を続けてこれたような気がする。

 フリーになってからは暫くそう言う仕事も無かったので、余計に今回の喜びは大きいようだ。

 それは柴田も同じようで、今日はいつも以上に気持ちが昂ぶっているようだ。

 柴田は性格も気さくでおまけに若いので、スタッフからも好かれていた。

 自分は日本人だからと言って実力も無いのに偉そうにしている奴もいるが、柴田はそうではなく、スタッフたちの中に入っていって、スタッフ達の相談にのり、スタッフ達とともに悩んできたので、スタッフたちの信頼も厚かった。

 特にチーフのノムとは一緒にいる時間が長かったのもあり、すっかり良い友達になったようだ。

 柴田は若いだけにタイ語を覚えるのも早く、今では通訳も必要でないほどだ。

 現に今横の席にいるノムと通訳なしで楽しそうに喋っている。それを見て哲也は羨ましいと思った。そして彼を呼んでよかったとも思った。

 打ち上げ会はすっかり盛り上がり、酒の勢いもあって、若いスタッフ達は次はトンローにある《コロシアム》というディスコに行こうということになったようだ。

 しかし藤川や哲也はちょっと場違いな気がしたのでそれには加わらず、藤川の知っているスクムビットソイ三十三のクラブに行くことにした。

 佐野も一緒だ。柴田は《コロシアム》の方に加わるというので無理には誘わなかった。

 三人は藤川のお付の運転手の車で店の前まで行った。そしてその店に入った。

 《ピカソ》とは違って今風のシンプルなデザインになってはいるが、なかなかすっきりした良い雰囲気の店だった。ピアノの生演奏だけがある静かで落ち着いた店つくりだ。

 ホステス達も大学生が多いようで、水商売に慣れていない感じが逆に清楚で素朴な感じがして決して悪くは無かった。

 哲也に付いた女のナーも、話を聞いてみると大学生のアルバイトらしかった。

 なかなか美人でスタイルも良かったが、哲也はこういう女と接すると何故かしら照れに似た変な感情が出てきて、普通に助べえな話などが出来なくなってしまう。

 娘の由紀とダブってしまうせいかもしれない。結局この店ではナーと当たり障りの無い話をしただけで終わった。

 店にいる間にオーから電話が入った。

 音を消しバイブレーションだけにしていたので、二人には気づかれなかった。哲也はトイレに行ってその電話を受けた。

「イマどこにいますか?」 といういつもの電話だった。

「いまスクムビットの居酒屋にいる」

哲也は思わず嘘を言ってしまっている。

「そうですか。きょうはおミセにいきますか?」

「そうだなあ、まだ分からない。今社長も一緒だから後で電話する」

「そうですか。まってますね」

「わかった。じゃあね」 哲也は電話を一旦切った。

 十一時過ぎに三人はその店を出て、哲也は二人と別れた。

 別れる前、藤川は哲也に改めてねぎらいの言葉をかけ御礼を言った。

 そして又今後も何かあったらお願いしますね、とも言った。哲也も又何かあればいつでも呼んでください、と改めて頼んでおいた。

 藤川と佐野は藤川の車で夜の街に消えて行った。おそらくもう一軒位ハシゴする気なのだろうと哲也は思った。哲也にもそこまで乗りますかと誘われたが少し歩きたいからといって断った。

 そして改めて藤川に御礼を言った後、二人と別れてスクムビット通りまで独りで歩きながら、これからどうしようかと哲也は迷った。

 《ピカソ》に行くか、それともこのままアパートに帰るか。

 しかし哲也が迷った末に選んだのは、意外なことにソイカウボーイだった。

 日本に帰る前にもう一度あのヌンという女に逢いたいと思ったのだ。それは自分でも意外な結論だった。

 哲也はソイカウボーイに行くまでにタクシーの中からオーに電話を入れ、今からみんなでディスコに行くので今日は《ピカソ》には行かないと言った。

 オーは残念がったが明日行くからという哲也の話しに何とか納得した。

 哲也はソイ二十三でタクシーを下りるとそのままヌンのいる店に行った。

 ソイカウボーイは週末ということもあって、客達で結構賑わっていた。

 店に入ってステージを見るとヌンは丁度踊っている最中だった。店は客であふれていたが、何とか後ろの方に空き席があったので座る事が出来た。

 ヌンはすぐ哲也を見つけたようでこぼれるような笑顔を哲也に送ってきた。哲也も手を振ってそれに答えた。

 すぐに注文を聞きにきたウェイトレスにハイネッケンを注文してから哲也はヌンの踊る姿に見入っていた。

 前回来た時は酔いつぶれていたので、殆ど何も憶えていない。ましてヌンが踊っている姿など見た憶えも無い。

 しかしこうやって改めてヌンの水着姿を見ると、周りの女と比べて飛びぬけて良い女に見えるのはやはりひいき目なのだろうか。

 十分ほどしてヌンは踊りが終わり、ニコニコした表情で哲也の席にやってきた。

「サワディー・カー」

 ヌンはワイをしながら挨拶をした。哲也は手招きで横に座らせた。

 ヌンに逢うのはあのスクムビットのカフェ以来だから約一ヵ月ぶりだ。

 ヌンは相変わらずぼんやりとした感じだが、それが哲也の何かを刺激するのだろう。ヌンと一緒にいると何故か妙に落ち着いてしまうのだ。

 哲也はコーラを一杯奢ってやって暫く喋ったが、明後日日本に帰るなどと言う話はしなかった。

 ハイネッケン一本を飲み終わった哲也がチェックビンしてくれと言うと、ヌンはええっ、もう帰るの?というような表情をした後、

「今日はペイバーしてくれないの?」 と意外そうな表情でそう言った。

「ああ、今日はしない。君の顔がちょっと見たかっただけだ。だから今度ね」

 哲也はタイ語でそうは言ったが、もう二度とこの店には来ないだろう。だからヌンとももう二度と逢うことはないかもしれないと心の中で思った。

 哲也は二百バーツのチップをヌンに渡してその店を出、そのままアパートに帰った。(つづく)

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