「YUKINO」-6(最終回)
Ⅵ
受付ルームに戻ると、篠田は既に部屋から戻ってソワーに座り、煙草を吸いながら斎木を待っていた。
二人は料金を支払った後その店を出た。そしてその店のすぐ近くにある喫茶店に入った。
「どうだった?」
椅子に腰を落ち着けたところで篠田がさっきの店の感想を聞いてきた。
「いい店だったよ。それに女の子もいい娘だった。しかし彼女は去年の震災の被害者だったようで、その話を聞かされた時は、ちょっとチンチンが萎えそうになったけどな」
斎木はその時のことをそんな風に説明した。
「ああそう。俺が前に行った店の娘も同じようなことを言ってたよ。やっぱりそう言う可哀相な娘が多いんだな、この街には」
「うん、そうかもしれない。しかしああいう娘って、ホントにけなげだよな。今時の日本にあんなけなげな娘がまだいたのかと思うと、正直言ってちょっと驚きだったよ。
ほんとにこんないい娘にフェラチオなんかさせていいのだろうかとマジで思ったくらいだよ。何か自分が悪魔のように思えてきたな」
斎木はその時感じた事をそんな風に素直に篠田に向かって表現した。
「ははは、それはしょうがないよ。だってこういう俺達みたいな馬鹿な奴もいなかったら彼女たち飯が食えなくなるんだからさ。
そう思って自分を慰めるしかないよ。まあこういうことはあんまり真剣に考えないほうがいいんじゃないの。考えたって自分の助べえが治るわけじゃないんだからさ」
篠田は割り切ったようにそう言った。
「まあそうなんだけどさあ・・・。それにしても何か複雑な気持ちだったな・・・」
それから暫く雑談をした後斎木は篠田と別れた。
斎木の頭の中にはその後もずっとYUKINOの事が消えずに残った。
斎木はYUKINOのあの透き通るような白い体と、あの涼しげな笑顔がどうしても忘れられなかった。
それが毎日少しずつ心の中に蓄積されてゆき、どうしてももう一度逢いたいという気持ちが募ってきた。しかし仕事の忙しさの中で何とかその気持ちを抑えていた。
それから約一ヵ月後、ちょうど神戸に行く仕事があったので、その仕事を済ませた帰りの夕方、斎木は一人でその店を訪れた。
しかし受付で女の写真を見てもYUKINOの写真は何処にも無かった。
斎木は受付の若い男にYUKINOという娘はもういないのかと尋ねた。
「ああYUKINOちゃんですか?そうですね、彼女は一週間程前にこの店を辞めました。すみません。でもまた新しい可愛い娘も入ってますからどうですか?」
男はそう言って申し訳なさそうに謝った後、新しいアルバムを斎木に見せようとした。
「だったらもういい」 といって斎木はそのままその店を後にした。
YUKINOは一体どうしたのだろう・・・。
また別の店に変わったのか、それとも誰かいい男でも見つけてこの商売から足を洗ったのか、もしそうだったらその方がいいのだが、と斎木はその時YUKINOの為にそう思った。
しかしもう今となってはそれを探る術もない。余程の事でもない限り、この広い神戸の街でもう二度と彼女に逢えるようなことはないだろうから。
斎木はその日店を出てから、夕暮れの街をとぼとぼと歩いて阪急三宮駅の方に向かった。
〈YUKINO、君は廃墟の中に舞い降りた天使のようだった〉
斎木は心の中で何度もそう呟いていた。その時の斎木の目には行きかう人々の姿は全く入ってこなかった。
斎木は大阪に向かう電車の中でまた奇妙な思いにとらわれた。
それは、神は何故人間に精神と肉体を与えたのだろうか、と言うことだ。
精神だけだったら駄目だったのだろうか?。精神だけだったら一日に三度の食事も摂らなくてもいいし、トイレにも行かなくてもいい。
服なんか買わなくてもいいし、住む所も必要ない。
それになによりも男が女を欲しがる必要もない。こんな欲望に悩まされなくてもすむ。
もし人間が精神だけで存在していられたら、どれほどこの心は軽やかか計り知れないものがある。こんな肉体があるために、つまらない煩悩に苦しめられてしまうのだ。
〈ああ肉体など無くなって精神だけになり、この空間の中を何時もふわりふわりと浮いていられたらどんなに楽だろう〉
斎木は通り過ぎる街の夜景を窓ガラス越しにぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた。(完)


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