「月の女」-5
【第四章 日本の恋人】
ドゥアンはその夜ボクのアパートに泊まった。ボクらは夜中と明け方に二度愛し合った。
彼女はボクが心配していたような事務的なセックスはしなかった。ボクの愛撫に対して彼女は本気で感じているようだった。それは決して作った反応ではないと今でもボクは確信している。
何故なら彼女の中心にボクの手が触れたとき、今までボクが寝た女の誰よりも充分に潤っていたからだ。
愛し合った後のドゥアンはすっかりボクに身を任せて、ボクの腕枕で安心しきったように寝た。その姿を見てボクはドゥアンを愛しいと感じ、このまま暫く付き合っていきたいと思った。
実を言うとボクには日本に恋人と呼べる女がひとりいる。
唐沢弘美といい、ボクが勤めている会社の設計室に出入りしているフリーのパーサーだった。つまりパースという建築とか内装の出来上がりの状態を絵に描く仕事をする職業である。
最近はコンピューターでパースを描くことが多くなってきたので少し需要が減ったようだが、一時はこの業界ではなくてはならない職業だった。歳はボクより五つ年下で二十七歳だ。
三年前ボクが始めてチーフとして任された小さな仕事があり、その時にボクは弘美と知り合った。
彼女は美術大学を出て二、三年目で、まだプロといえるような腕ではなかったけれど、変更の多い物件だったためその都度施主の方からパースを要求され、それに対応するには、まだ他に大した仕事を持っていない彼女がボクにはすごく重宝だった。
駆け出しの弘美もいやな顔ひとつせず、我侭な施主の意向に沿った絵を何枚も描いてくれた。
弘美はフリーのパーサーだったので、事務所で打ち合わせをして家に持ち帰り、二、三日後にボクが説明した意向に沿った絵を描いて持ってくるというのが普通のパターンなのだが、そんな時間も取れない時には事務所の空いている席を貸して、そこでパースを描いてもらう事も何回かあった。
誰もいない事務所にボクと弘美だけが夜遅くまで残って仕事をしたことも一度や二度ではなかった。
ボクは疲れきっていたけれど、何故か弘美と一緒にいるそういう状態が嫌ではなかった。弘美の方もまた同じようだった。
そのうち仕事が終わった後、どちらからとも無く誘って酒を飲みに行くようになり、親しい友人関係になっていった。
弘美はさっぱりした性格でよく喋るし明るかった。どちらかと言うと無口で優柔不断な性格のボクにはちょうど合っていたのかもしれない。話をするのは八十パーセント以上弘美で、ボクは殆ど聞き役に回っていた。
彼女にはあまり親しい女友達がいないらしく、何でもボクに喋った。ボクに向かって喋ることがかなりのストレスの解消になるらしかった。
ボクはボクでよく喋る弘美を見ているだけで楽しかった。変に気を使わなくてもよかったので楽だったのかもしれない。
そんな風にして朝の四時くらいまで飲んだある時、さすがに疲れ切ったボクは弘美をホテルに誘った。渋谷のファッションホテルだった。
弘美は少し躊躇した様子だったが、酒の酔いも手伝ったのか意外とあっさりオーケーした。その時ボクらは結ばれた。
それから半年くらい付き合った後、ボクらは同棲した。弘美がボクのマンションに移ってきたのだ。歳から言えば二人とも結婚してもおかしくない年頃だったのだが、弘美がそれを要求してこないのでボクもあえてそうしようとは言わなかった。
弘美にすれば結婚して家庭に落ち着いてしまうより、もっともっと仕事のキャリアを積んでいきたかったのだろう。
一緒に住み始めて判かったことだが彼女には意外と家庭的なところもあった。料理も得意そうだし、掃除なども手際よかった。
でもそれは彼女にとっては自分が一人で生きていくために必要な技術でしかなく、それを仕事にしようという意識は頭からないようだった。今やっている仕事が面白くて面白くて仕方が無いという感じだった。
それでも東京という大都会で一人で生きて行くにはやはり寂しかったのだろう。結果的には一時的であるにせよボクという共同生活者を選んで生きていくことにしたようなのだ。
ボクのマンションは下北沢にあり、一DKの狭い所だったが二人で生活するにはそれほど不自由も無かったのでそのままそこで暮らすことにした。
ボクらは建築を職業にしている割には、自分たちの住むところには結構無関心だった。
二人とも仕事を持っているので食事などはどうしても外食が多くなったが、それでもできる限り彼女は自分で料理をしようとした。
彼女の仕事は家でできる仕事なので比較的そのへんは融通が利いたからだ。
ボクが休みの日でも彼女は休みでないことが多いので、そういう時はボクが家事をひきうけた。
ボクらは結構うまくやっていた。そしてそれからもうまくやっていけると思っていた。
少なくてもあのことが起こるまでは・・・。(つづく)


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