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「月の女」-6~10

2008年3月14日 (金)

「月の女」-10

【第九章 微妙な関係】

 アパートに帰ってからボクはベッドに横になりながら、もう一度ノイの事を考えてみた。

 あれは一体どういうことなのだ。田舎に帰ると言ったのはやっぱり嘘だったんだ。勿論河島はそんなこと知らないだろうが、もし知ったらどうするだろう。

 河島とノイにしろ、ボクとドゥアンにしろ、所詮はお金で繋がった関係であり、だから彼女達が誰かボクら以外の人間に買われてしまったとしても、ボクらは何も文句を言える立場ではないことは、ボクも河島も十分承知しているつもりだ。

 それは充分分かった上で付き合っているのだから。

 だから今回ノイが河島以外の男と一緒にいたからといって、考えてみれば何の不思議も無い話なのかもしれない。

 彼女たちにしてみればそれが仕事なのだから。でもそれにしてもあんな嘘をつく必要は無いではないか。それだったらそういえばいい話じゃないか、とも思う。

 しかしもし本当のことを河島に言ったら、彼はどうするだろうか。

 もしかしたらあの白人は、河島がノイと出会うずっと前からノイを知っていて、ある関係ができていたのかもしれない。

 白人はいったん自分の国に帰っていたのだが、何かの用事でまたバンコクに来てノイと再会し、何日間か一緒にプーケットにでも遊びに行っていたのかもしれない。

 それを河島に正直に言ってしまうと彼を傷つけることになるから、ノイとしてはあんな嘘をつかざるを得なかったのもしれない。そう考えるとノイの嘘も許せるような気がしてきた。

 ボクとドゥアンの関係ももしかしたら、そういった微妙な嘘の上で始めて成り立っているものなのかもしれない。

 いやもっと言えば、そもそも恋愛なんて全て、所詮そういうものなのかもしれない。

 まして我々の関係は、いくら親しくなっても商売の上で付き合っているのだし、まして他人である以上、相手には踏み込まれたくない部分というのはあるものだ。

 またたとえ本当の事が見えそうになっていても、あえて見ないようにした方がいい場合だってあるはずだ。

 それはこういう関係である事を初めからわかって付き合っている以上仕方のないことであるし、それ以上を望む事は野暮と言うものかもしれない。

 ボクと弘美の関係が崩れたのも、ボクが弘美の隠れた部分を憶測し過ぎたのがある意味では原因だったのだ。

  今年の二月初旬のある寒い日、仕事で出かけていった彼女が夜中遅く帰ってきた。

 ボクがその時たまたまマンションの部屋の窓際に立って外を見ていたら、玄関から十メートルくらい離れたところでタクシーが止まり、その中から弘美が出てきたのだ。

 そのままタクシーが行ってしまえば、ボクはそのタクシーに一緒に乗っていた男の顔などを見ることはなかっただろう。

 ところが弘美はタクシーの中に何かを忘れたのだろう。弘美が玄関に入る寸前に一緒に乗っていた男がそれに気がついたのか、マフラーらしきものを手に持ってタクシーから出てきたのだ。

 その男の顔を見たとき、ボクは顔がそれこそ凍りつきそうになった。その男はボクの上司の設計部長である米倉部長だったからだ。

 米倉部長は四十代後半くらいで、いかにも設計部長という感じの、ボクら男から見ても格好のいい紳士だ。

 いつもきちっとしたスーツを身に付け、喋り方にも品があり、そのくせ冗談も面白く部下の誰からも好かれていた。特に女子社員からは人気抜群だった。

 ボクも同じ大学の先輩後輩と言う関係になるため、ほかの社員よりも可愛がってもらっている感覚があった。

 よく酒にも誘ってもらったし、ボク自身もほかの人には言えない悩みなどを相談したりもした。

 考えてみれば弘美を最初に紹介してもらったのも米倉部長だった。そういう意味では弘美と米倉部長が親しくしていても何の不思議もないと言えば言える。

 しかしまさかあの二人が男女の関係にあるなどとは、今の今まで想像だにしていなかった。

 いやあの二人が男女の関係にあるとはまだ決して決まったわけではないのだが・・・。

 それでもボクは大きなショックを受けた。

 ボクはその夜弘美を軽く追及した。と言っても直接米倉部長の名前を出して追求したわけではない。

 こんなに遅くまでどうしてたの、と遠回しに聞いてみただけだ。

 すると弘美は、今日はたまたま仕事が終わった後取引先の人何人かと一緒に食事に誘われ、そのあと少しバーでお酒も飲んだと言うだけだった。

 その言葉の中に米倉部長の名前が出ていればボクも少しは楽だったかもしれない。

 しかし彼女の口からその名前が出てこなかった分、ボクは弘美に対して余計に不信感を募らせることになってしまった。

 その夜からボクは弘美が米倉部長に抱かれている妄想に苦しめられるようになった。

 特に弘美が遅く帰ってくる時などは(今頃はひょっとして・・・)という思いに夜中苦しめられた。それは誰にもいえない苦しみだった。

 その日を境にしてボクと弘美の関係はギクシャクし始めた。表面上はそんなに変わらなかったが、二人の交わす言葉数は以前と比べると極端に少なくなったし、セックスをすることも少なくなった。

 ボクはマンションに帰る時間が遅くなった。仕事が早く終わった時でも、何故かマンションに素直に帰る気がしなくなり、友達を誘っては酒を飲みに行く回数が増えていった。

 そして夜遅くに酔っ払ってマンションに帰ることが多くなった。ひどいときには明け方になることもあった。

 弘美はボクのこの急な変貌振りを黙ってみていたわけではない。

「一体どうしたの、この頃のあなた少し変よ。何かあったの」

 何回かそう問いかけてきた。しかしボクは曖昧な返事をするだけでごまかしてきた。

 米倉部長のことを問いただす勇気がボクには無かった。それはあまりにも女々しい考えのような気がしたからだ。

 そんな状態が半年以上続いたある日、タイに行く話が出てきたのだ。その話を持ってきたのも米倉部長だった。

 ボクはちょうどいい機会だと思ってその話に乗った。もうこれ以上弘美と一緒に暮らす生活には耐えられない心理状態になっていたので、逃げるようにしてこの国にやってきたのだ。

 タイに来てからもボクは一週間に一度くらいは弘美に電話をした。弘美は元気にしてはいたが、やっぱり昔の明るさは無くなっていた。

 離れて暮らしていると弘美が愛しいと思うこともあった。本当に彼女と米倉部長とは関係ないのかもしれない、と思うこともあった。

 それに自分だってドゥアンと付き合っているではないか。

 百歩譲って米倉部長と関係があったとしても、自分はよくて彼女には許せないと言うのはあまりにも自分勝手過ぎないか、と言う思いもあった。

 しかしどうしても優しい言葉を彼女にかけてやることはできなかった。(つづく)

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2008年3月13日 (木)

「月の女」-9

【第八章 ナナプラザ】

 ホテルを出た後、ボクと横山はナナプラザに向かった。

 ソイ・カウボーイでもよかったのだが、そこだとドゥアンのいる店にしかいけないからだ。

 別に行ってもいいのだが、あの世界は狭いので何処でどうドゥアンに伝わり誤解されるか分からないので、取り敢えずはナナのほうが安全だろうと踏んだのだ。

 久しぶりのナナは相変わらず賑わっていた。

 ボクは横山にゴーゴーバーのシステムについて大体のことはタクシーの中で説明しておいた。

 ボクらはまず一階の広場にあるバービアに行きハンバーガーを食べながらビールを一杯のみ、それから二階のボクが以前一度だけ行ったことのあるゴーゴーバーに入った。

 店にたどり着くまでに、例によってあちこちの店の前で客引きに腕をつかまれたりしたが無視して通り過ぎた。横山はそういう状況からして嬉しそうだった。

 店に入ると大音響のロックがかかっていて、二つあるステージの上で二十人くらいの水着姿の女が縦にセットされたステンレスの棒に捕まりながら腰をくねらせて踊っていた。

 ボクらは入って右側の大きなステージの見える上の席に腰を下ろした。

 客は思ったほど入ってなかった。すぐにセーラー服のような制服を着た女が注文を聞きに来た。ボクはもうビールはほしくなかったのでいつものようにジムビーム・ナームケンを注文すると

「何それ?」と横にいる横山が聞いてきたので、

「ジムビームのロックだよ」 と説明したら

「ああそう。だったら俺もそれで良いよ」 ということなのでジムビーム・ナームケンを二杯注文した。

 横山は目の前で繰り広げられているダンスを食い入るように見入っていた。

「どうだ。おもしろいか」とボクが聞くと

「面白い、面白い、結構可愛いオネーチャンいるじゃん」 とご機嫌さんだった。

 そのうち横山の食い入るような視線に気が付いたのか、一人のダンサーが横山のほうに合図を送ってきた。ダンスが終わったら横に座っても良いか、と言うような合図だった。

「あれは何言ってるの?」 と横山が聞くので

「ダンスが終わったらこの横に来てもいいかと聞いているんだよ」

 ボクは感じたままそう言うと

「おいおい、たまたま視線があの娘に行っただけでそれほど俺の好みじゃないよ」

「だったらあまり視線を一人の娘に注がないことだな。勘違いされるよ」

「そうか、分かったよ」 横山はそう言って視線を別の場所に移したようだった。

 その内にステージで踊っていたダンサーがみんな交代する時間になった。

 そしてちょうどショータイムになったのか、向かいの壁のカーテンが開き、ガラスのウインドーの中の照明が付いた。中からは下半身に細布と紐だけをつけた殆ど裸の女が六人でシャワーをしている情景が現われた。

 ボクが以前に来たときも同じショーをしていた。多分この店の売り物のショーなのだろう。

「おいおい、すごいショーだな。ウイスキーたった一杯でこんなショーを見られるなんて、タイってやっぱりいい国だな」

 横山は心の底から感心している風だった。

 暫くするとさっき横山に合図を送っていた女が、もう一人友達らしき娘を連れて横山の横にやってきた。そして右手を差し出して握手を求めてきた。

 横山はどうしたらいいか分からないような困った表情をしてボクのほうに助けを求めてきた。ボクは笑いながら

「結構可愛い娘だから握手くらいしてやれよ。そうしたら横に座ってコーラをくれというから、一杯だけ奢ってやってもいい。でもそれ以上は気に入らなければ断ればいい。何事も経験だから」

「じゃあそうしよう」

 そう言って横山はその女と握手して横に座らせた。ボクの方にももう一人の女が握手を求めてきたので、ボクはその時ちょっとドゥアンの顔が浮かんだが同じようにした。

 ボクの横に座った女はナーといい、横山の横に座った女はヌイと名乗った。歳は二人とも二十四歳だと言う。恐らく嘘はついてない感じだった。

 出身は二人ともコラートだといった。ボクはコラートという地名は聞いた覚えはあったが、どの辺りか知らなかったので、およその見当をつけてイサンかと訊ねるとそうだと言う。

 やはりこういう仕事をしている娘はイサン出身というのが圧倒的に多いみたいだ。

 彼女たちはボクが予想していたように、ひと通りの紹介が終わるとコーラを要求してきた。オーケーを出すと女たちは二人とも立ち上がってカウンターの方にコーラを取りに行った。

「ほらね」 ボクは横山のほうを向いてそう言うと

「ホントだね。お前の言う通りだ」 とまた感心された。

 女たちが来る間に視線をまたショーのほうに戻すと、六人の女たちが二人セットで三組に分かれてレスビアンショーをやり始めていた。

 ボクらがニヤニヤしながらそれを見ていると、さっきの女たちが戻ってきて

「セクシーな」

 とショーのほうを指差して日本語で言いながら席に着いた。

 ボクらがなおもショーの方を向いているとコーラをボクらの飲んでいるウイスキーのコップに当ててきて「カンパイ」と日本語で言った。

 ボクらはあわててコップを手に持ち乾杯をした。

「アナタ、タルーン(助平)な」 とヌイが言うので

「チャーイ(そう)、タルーン」 と言い返してやると

「ジョーク、ジョーク」 と言い訳してきた。

「何言ってるの?」

 横山が聞いてくるので、助平だと言われているよと説明してやると

「そうそう、俺たち助平だよ」
横山が嬉しそうにヌイに日本語でそう言うと、女たちもその日本語だけは理解しているらしく楽しそうに笑った。

 そして面白いことに、ヌイも自分はスケベーで、多分この店の女の中では一番のスケベーでしょうと言ったので、みんなで大笑いをした。

 その内に飲んでいるウイスキーが無くなりかけていて、通りかかった制服組のおばさんがもう一杯飲むか?と尋ねてきたのでもう一杯ずつ注文することにした。

 横山はまったくタイ語ができなかったが、少し馴れてくると彼独特のひょうきんな性格からか、英語に手振り身振りを加えて会話し始めた。

 それをヌイは結構理解したみたいで結構楽しそうに笑っていた。ボクはこれなら放っておいても大丈夫だと思って、ボクの横に座ったナーの方を向いて少ない語彙の英語とタイ語で会話をしていた。

 とはいってもボクが観光ではなく仕事でバンコクに来ていること、もう三ヶ月滞在していることなど、とりとめも無い話をしただけだったが。

 暫くして
「おい、ペイバーって何だ?さっきからしきりにこの娘がそう言ってくるんだけど、なんだかわかんないよ」 突然横山が聞いてきたので

「タクシーの中で説明しただろ。店にこの娘たちのギャラを払って店から連れ出すことだよ」

「ああ、これがそうか。いくらだって?」

「ナナの場合は多分五、六百バーツすると思うよ。ペイバーするほど気に入ったの?」

「それほどでもなかったんだけど、なんだか断れないような感じになってきたな。何か断ったら可哀想だし。それにうまく断れそうもないし。お前はどうする?」

「俺はいいよ。他に付き合っているオネ―チャンがいるから」

「そうか。じゃあ俺だけ連れ出してもいいか」

「それはいいけど大丈夫かい。まあ帰り道だからホテルまでは一緒に送っていくよ」

「そうか、それじゃ頼むよ」

 そう言って横山はヌイをペイバーした。ナーも一緒にペイバーしてくれと言ってきたが、今日は都合が悪いから次にしよう、と言って断った。

 ボクはソイ二十の横山が泊まっているホテルまで二人を送りとどけてからアパートに帰った。(つづく)

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2008年3月12日 (水)

「月の女」-8

【第七章 ノイの秘密】

 それから何日かたった平日の夜、高校時代の友達の横山がバンコクに来たという連絡があり、ボクは彼の泊まっているホテルのロビーで待ち合わせをすることにした。

 ホテルはスクムビットのソイ二十にあったのでボクのアパートからは近かった。

 ボクは約束の時間よりも二十分ほど早い七時四十分くらいにそのホテルに着いてしまったので、グランドフロアーにある受付カウンターに行き横山の名前を告げたが、まだ帰ってきていないと言うことだった。

 仕方なくその前にあるオープンラウンジでビールを飲みながら待つことにした。

 そのホテルは日本人の観光客がよく泊まるホテルとして有名らしいが、ボクは外からは何度かタクシーの通りすがりなどに見たことはあるが、中に入ったのはその時が初めてだった。

 グランドフロアーは大きな吹き抜け空間になっていて、いかにも高級そうなつくりになってはいるが、ボクから見ればセンスは殆ど感じられなかった。

 いかにも日本人がありがたがりそうなつくりだなというのが最初のボクの印象だった。

 ボクはラウンジの一番通路に近い場所にあるソファーを選んで座りビールを注文した。客は殆どが白人だった。

 日本人観光客が多いと聞いてはいたが、案外そうでもなさそうだった。

 ラウンジの中央に大きなグランドピアノがあり、少し太り気味ではあるが笑顔がすばらしい三十歳を少し過ぎたくらいの女性が、ピアノをひきながらホイットニーヒューストンの 《アイ・ウィル・アウェイズ・ラブ・ユー》 を歌っていた。透明感のある美しい声だった。

 おそらくどこかの音大で本格的に声楽を学んだのだろうな、と言うような声だった。

 ビールが来るのを待っている間、ボクは煙草をすいながら入り口から入って来る客をなんとなく眺めていた。

 見ていると入り口の車寄せに次から次と大型観光バスが止まり、団体の観光客がぞろぞろと入ってくる。七割は白人で二、三割が日本人というところかもしれない。

 その内にビールを持ったウェイトレスがボクの席にやってきた。彼女は注文を聞きに来たウェイトレスと違い愛想もよくおまけにすごい美人だった。

 ボクは吸い寄せられるように彼女の動作に見入っていた。そして彼女が入れてくれたビールを手に取り、飲もうとして何気なく入口近くに目をやった瞬間、ボクは信じられないものを見てしまった。

 そこにはお母さんが病気なので田舎に帰っているはずのノイが、六十歳位のファランの男といかにも親しげに腕を組んで入ってきたではないか。

 ボクは自分の目を疑った。

 ひょっとしてノイに似てはいるが別の女性かもしれないとも思い、もう一度目を凝らしてみてみたがやっぱりどう見てもノイだった。

 ノイは凝視しているボクの視線には全く気づかないまま受付カウンターでキーカードをもらい、そのまま部屋のほうに行ってしまった。ボクは呆然としてノイの後姿を眺めていた。

「ゴメン、待たしちゃって」

 いつの間に来たのか横山がボクのそばにいた。

「どうしたんだよ、怖い顔して。俺そんなに遅れたかい」

 横山はそういいながら腕時計を見た。ボクもついでに見てみると八時を少し過ぎたばかりだった。

「いやいや違うんだよ。ちょっと知っている女がいたから・・・。それより久しぶりだな。元気そうじゃない」

「元気は元気だよ。でもちょっと仕事が忙しかったんで、気晴らしに遊びに来たんだ。お前のメールを見ていると、バンコクはとても面白そうだったんで一度来てみたかったんだ。お前のいるうちにね」

「いいよ。いろいろ案内するよ。ただし昼間は仕事だから夜だけになるけどね」

「勿論それでいい。そのために俺もツアーにしたんだから。昼間は観光するからお前には迷惑かけないよ」

「それなら安心だ。じゃあ早速出て行くか?」

「まあそんなにあわてるな。俺にも一杯くらいビール飲ませろよ」

「そうだよな、ゴメンゴメン」

 ボクらはそんな感じで何年ぶりかの再会をはたした。

 ボクはさっき見たノイのことは横山には話さなかった。タイに始めてきた彼に、タイの印象を悪くするようなこんな話を何故かあまりしたくなかったのだ。(つづく)

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2008年3月11日 (火)

「月の女」-7

【第六章 バースデーに】

 ドゥアンと付き合い始めて約一ヶ月が過ぎたとき、河島の誕生日になった。十一月末の比較的涼しい日だった。

 タイでは誕生日は友達を招待して、費用は全部自分持ちという習慣がある。

 その日はたまたま日曜日だったので、ボクとドゥアン、河島とノイの四人はスクムビットのソイ三十三にあるボーリング場で夕方からボーリングをした後、夜になってその近くにある和食の創作料理を出す店に行き誕生パーティをすることにしていた。

 久々にしたボーリングも楽しかった。タイのボーリング場はゲームをしながらビールも飲めるし軽食も食べられる。ボクらはビールやバカルディを飲みながらゲームを楽しんだ。

 四ゲーム目に河島の提案で、女達が百を超えたら河島とボクがそれぞれ百バーツずつを賞金として出すことにした。それを聞いた女たちは喜んで賛成した。

 女たちはそれまでチンタラチンタラとやっていて、七十とか八十くらいしか出せなかったのに急に目の色が変わった。そして二人とも百を軽く突破した。

「何だよ、お前たちは。お金が絡むと急にうまくなるじゃない。全くしょうがねえなあ」

 河島はそういいながら仕方なさそうに財布から百バーツ札を二枚出してノイとドゥアンに一枚ずつ渡した。ボクも同じようにした。

 女たちは思わぬ臨時収入に大喜びだった。ボクはドゥアンの嬉しそうな表情を見て何よりも嬉しかった。五ゲームが終った頃には四人ともかなり酔っていた。

 ボーリングの後は予定通り和食の店に行った。おしゃれな店だったので女たちは少し緊張している風だった。

 特にドゥアンはこういう店に馴れてないようで硬くなっていた。

 それでも客が少ないのと、店員たちが砕けた感じで愛想もよく、イサン訛りもあったのだろうか、次第にリラックスしてきた。

 終わりの頃には店員たちと砕けた話までして笑っていた。勿論ボクにはその会話は全く理解できなかったが。

 ドゥアンは日本料理が初めてのようだったが、サーモンの刺身はおいしいと言ってたくさん食べた。カボチャのテンプラも気に入ったみたいだった。ノイはドゥアンよりも和食に馴れているみたいで殆どのものは食べることが出来た。

 一通りの食事が終る頃になって、ノイがどこかで買ってきたバースデーケーキを出し、三十三本のローソクを立てそれに火をつけた。

 それを河島が息を掛けて消した。ケーキは店に頼んで小さく切ってもらい、皆で分けて食べた。残った分は店員たちにも分けた。

 そろそろ終わろうかという頃、ノイが突然明日から暫く田舎に帰ると言い出した。河島は何も聞いていなかったらしく驚いた様子だった。

 理由を聞くとお母さんが病気だという。昨日の夜電話があったらしい。だから明日から一、二週間田舎に帰るというのだ。

「分った。その話はアパートに帰ってからゆっくりしよう」

 河島はそう言ってその話は打ち切り、チェックビンした。

「タイ人の女と付き合っていると、こう言う話はよくあるらしいぜ。日本人からお金をもらう常套手段だ。聞いたことあるだろ?」

 河島はチェックを待っている間にそんなことを日本語で言った。

「ああよく聞く話だけど、でも今回は本当かもしれないし一概に嘘だと決めつけてしまうのもちょっと可哀想な気もするけどね」

「勿論嘘だと決めたわけではないけど、もう少し詳しく聞いてみるよ」

 河島はそう言って、ちょうど持ってきた請求書を見てカードで精算した。そしてその日は二組に分かれてそれぞれのアパートに帰った。

 明くる日事務所で河島に会ったとき、そっと昨夜のことを尋ねてみた。

「アパートに帰ってからよく聞いてみたけど、本当か嘘かよく分らなかったな。二万バーツほしいとあいつは言ったけどそんな金はないと言って断った。取り敢えず五千バーツだけやっておいたよ」

「それでノイは納得したの」

「それでは田舎に帰れないとあいつ泣いてたけどね。しかしないものは払えないし。別にあいつと付き合ってはいるけど、親の面倒まで見る義務は俺にはないからね。結婚したわけでもないんだし」

「そうだよな、たとえあの話が本当だとしてもそこまでする必要はないと思うよ。そんな事してたらきりないもの。貧しくて助けを求めている人間はこの国には五万といるんだから」

「そうそう。俺たちはそんなことするためにこの国に来たんじゃないからね。まあちょっと可哀想な気もしたけど何とかするんじゃないの」

 河島はそういって意外とさばさばしていた。(つづき)

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2008年3月10日 (月)

「月の女」-6

【第五章 あたかも恋人のように・・・】

 その日からボクとドゥアンは三日と空けずに逢うようになった。

 ボクが店に行ってペイバーすることもあったが、そのうちにボクが払うペイバー代が惜しいと思い始めたのか、殆どはドゥアンが店を終えてからボクのアパートに夜中に訪ねて来るようになった。

 ドゥアンが三回目にボクのアパートを訪れたとき、彼女は自分には三歳になる娘がひとりいることを告白した。

 その事実はボクには少しショックだったが、今は男とは別れていて、というよりも子供が生まれるとわかった時点で男は何処かに逃げて行ってしまったらしく、子供は田舎の両親が面倒みてくれていると聞いて、納得せざるを得なかった。

 そして初めての夜ボクの愛撫に対して激しく反応したのも、初めてドゥアンをステージで見た夜、野暮ったいほど大きな水着で踊っていたのも、子供を生んだお腹を隠す為だったのかと理解できた。

 悔しいけれどドゥアンはあの童顔で、もうすっかり大人の女の体になっていたのだ。

 土曜日や日曜日は河島とノイも一緒に映画に行ったり買い物に行ったりもした。

 しかし映画はボクには本当は面白くなかった。洋画を見ても字幕はタイ語だし、タイの映画はまったく言葉がわからないので、大まかな筋はわかるにしても、細かいニュアンスなどが理解できないからだ。

 それでもドゥアンが楽しそうにしているのがボクには嬉しくて、ついつい新しい映画が来ると観に行ったりした。

 ボクらは本物の恋人のように付き合った。ただ本物の恋人達と違っていたのは別れるときにお金を渡すということだけだった。

 お金を渡すことに関してボクは少し引っかかる気持ちもなくはなかったが、ドゥアンが黙って受け取る以上は渡さないわけにはいかなかった。

 タイ人は日本人と比べると仏教に対する信心も篤く、家族も大事にするようだ。日本ほど社会保障制度も発達していないこともあって、子供たちは大人になると親の面倒を見るのが当たり前のようになっているみたいだ。

 今まで育ててくれた恩に感謝するように、彼女らはせっせと親に仕送りしている。ボクはこの習慣は残しておくべき良き習慣だと思っている。

 日本は先の敗戦で軍国主義に繋がるといって、それまであった道徳教育を全て否定し、それとともに良き習慣まで全て捨ててしまった。

 そして戦勝国であるアメリカの真似をして核家族主義を導入した。それはそれでいいところもあるけれど、家族のつながりや近所づきあいが薄くなってしまったのも確かな事実のようだ。

 その結果日本の家庭は今崩壊し始めているようにボクには思えてならない。

 それに比べてここタイではまだ日本が遠い昔になくしてしまったいいものを残しているような気がする。

 娘達はたとえ売春をしてでも田舎の親に仕送りしている。親に仕送りしたり、お坊さんに寄付(タンブン)をすれば、たとえそのお金が汚れたものであっても徳が積めると信じているようだ。

 ボクは何も売春をいいと言っているわけではない。そんなことをしなくては生きていけない女達がいると言う事はとても不幸なことだし、国としてももっといろんな努力をして、そんなことをしなくても生きていける社会を作ってやらなくてはいけないと思う。

 彼女たちはある意味ではそういう国の無策の犠牲者なのかもしれない。

 それに彼女たちにそんなことをさせている親達も、このことについて一体どう考えているのだろうと時々考えないわけではない。

 本当に貧乏でそれ以外に生きて行く術が無いならともかく、いろんな話を聞いてみるとそれほどでもない感じが多い。

 ドゥアンの親にしてもそれほど貧しいと言う感じでもなさそうだ。前に一度田舎の家の写真を見せてもらったこともあるが、結構大きな家に住んでいる。

 もしかしたら彼女の親たちは、娘がこんな仕事をしていることは知らないのかもしれない。

 そのあたりの詳しいことはよく分からないが、娘たちが親を大事にしようとしている気持ちは、まるで《天使の心》を持っているとしか思えないくらいだ。

 ドゥアンにしてもそれは同じで、ボクが渡したお金を貯めては田舎の親に仕送りしているようだ。子供の面倒を見てもらっているということもあるのだろうが。

 だから彼女が拒否しない以上はお金を渡し続けようと思っている。(つづく)

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