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「イミテーション・ラブ」第三章

2008年4月18日 (金)

「イミテーション・ラブ」-23

6 バナナボート

 哲也とオーは一階に下りて、レストランでビュッフェ形式の朝食をとった。

そこには柴田たちの姿はなかった。しかし十時に待ち合わせをしているので敢えて電話はしなかった。

 食事をした後二人は海岸を少し散歩し、又部屋に戻って一服した後、十時前にロビーに下りていった。

 その時には柴田とゲェがすでに来て待っていた。

 四人は昨夜と同じくタクシーでサウスパタヤの船着き場まで行き、木の長い桟橋を歩いて船に乗った。

 連休の真最中のせいか、船は結構満員に近い状態だった。客は殆どがファラン(白人)だった。暫く待たされた後船は出発した。

 四人はどうにか前の方の席に座れたので、のんびりと海上から離れていくパタヤの街を眺めたり、前の方に次第に近づいてくるラーン島を見たりしていた。

 船は大きなエンジン音を立てる割には大したスピードは出ないようで、前に見える島がなかなか近づいてこない。

 後ろの方からくる高速艇に何台もあっという間に追い抜かれてしまう。それでも一時間くらいでなんとかラーン島に着いた。

 砂浜はパタヤの街からいうと裏側に開けていた。砂浜から三十メーターほど手前で船から降ろされたが、遠浅の海のため大して深くはなかった。

 客たちは皆ズボンの裾をおりあげて靴を手に持って砂浜の方に向かって水の中を歩いた。

 砂浜にはいろんな店が出ていて、それぞれの店がビーチパラソルとデッキチェアとテーブルを店の前に並べて拡げている。

 それらのかなりの部分がすでに客たちで埋まっていたが、いくつか空いているうちのひとつを選んで四人は荷物を置いた。そしてデッキチェアに座り少し休憩した。

 哲也達が椅子に腰を下ろしたのを見て、短パンを穿いて上半身は裸の色の黒い若者が、すぐに飲み物と料理のオーダーを聞きに来た。

 それに対して女たちはビールと何品かのタイ料理をオーダーした。

 改めて海の方を眺めると、ファランやタイ人の家族連れで砂浜は一杯だ。

 ヤシの木の連なる白い砂浜。絵に描いたような南国の海の風景が目の前に広がっている。

 それらを眺めているうちに、哲也は仕事のストレスが綺麗さっぱり洗い流されたような爽快感を感じずにはいられなかった。

 やがてビールが運ばれて来たので四人で改めて乾杯をした。

 ビールを飲みながらつまみを食べているうちに、哲也はデッキチェアの上でうつらうつらとし始めた。そしていつの間にか眠っていた。

 目が覚めたとき他の三人の姿がなかった。海の方をみても何処にもいない。何処へ行ったのだろうと思っていたら、暫くして三人が後ろから戻ってきた。

 三人とも水着に着替えている。柴田は勿論海水パンツだったが、女たちは水着と言うより短パンにTシャツと言う感じの露出度の少ない水着だった。

 タイ人の女はこういう所では肌を見せる習慣がないのか、周囲を見渡してもタイ人らしき女は皆同じような姿だ。

「山口さん、起きていましたか。この人たちがバナナボートに乗りたいというのであそこの店まで水着を買いに行ってきました。山口さんも乗りますか?」

「いや、俺はいいよ。荷物の番も必要だし、君たちだけで乗ってきたらいい」

「そうですか。それでは僕らだけで乗ってきますから、すみませんが荷物の番お願いします」

「ああいいよ」

「じゃあ、行って来ますね」

 オーも哲也に声をかけて三人そろって海の中に入って行った。哲也は又独りでビールを飲みながら三人の姿を眺めていた。

 海の中に入ると女達ははしゃいでいた。三人で水の掛け合いなどを始めて嬉しそうに騒いでいる。

 柴田はまだ若いだけあって元気に女達の相手をしている。

 やがて三人は次第に沖のほうに向かって行き、バナナボートの運転手と交渉を始めた。

 そして話がついたみたいで、三人ともライフベストを着てボートにまたがった。柴田が一番前で、次にゲェ、そしてオーという順番だった。

 ボートが動き始め、次第にその速度を速めていった。女達はキャアキャア言って騒いでいる。

 ボートは泳いでいるお客のいない沖の方をかなりのスピードで走った。

 比較的哲也の近くに近づいた時、オーもゲェも哲也に向かって手を振り上げて合図をしてきた。哲也も手を振ってそれに答えた。

 ボートは急旋回して、今度は哲也とは反対方向に走り去っていった。

 そう言うことを何回か繰り返した後、ボートは哲也の視線から遠ざかり次第に三人の姿が小さくなった。

 それでも哲也はデッキチェアに座ったまま三人の行方をずっと見続けていた。

 かなり遠くまで行って又こちらに向かって急旋回する時、三人は遠心力に耐え切れず、ボートごと海の中に放り投げられた。

 哲也は少し心配になってその場で立ち上がったが、すぐに三人は元の位置に戻ったのがわかり安心した。

 それから十五分程して三人は哲也の元に戻ってきた。三人とも充分にスリルを満喫したような表情をしていた。

「おもしろかったです」

 オーは濡れた髪の毛をタオルで拭きながら嬉しそうに言った。

「海に投げ出された時は怖かっただろう?」

 哲也がそう聞いてやると

「みえていましたか?こわかったです。でもはオモシロかったですよ」

 オーはにこにこしながら答えた。

 四時ごろになってそろそろ帰ろうかと言うことになった。

 帰りは高速艇を使うことにした。高速艇は海をすべるように走るので二十分くらいでサウスパタヤについた。

 後はタクシーでホテルまで戻り、ゲェの車でまたバンコクに戻った。(第三章おわり 第四章につづく)

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2008年4月17日 (木)

「イミテーション・ラブ」-22

5 朝の光

 翌朝哲也は六時半に目が覚めた。

 オーはまだぐっすり眠っている。分厚いカーテンのわずかな隙間から朝の光が少しだけ部屋に差し込んできている。

 哲也はベッドからそっと起きだして静かに窓の方に歩いて行き、カーテンを少し開いて外の景色を見た。

 ちょうど夜が明けたところくらいで、昨日と同じ海岸線がずっとはるかかなたまでカーブを描きながら延びていっている。

 空は雲ひとつなく晴れ渡り気持ちのいい朝だった。

 哲也は一度ベッドの方に戻り、サイド・テーブルに置いていたタバコとライターを手に持って再び窓際に戻り、今度はガラス窓を開いてバルコニーに出た。

 そしてタバコに火をつけて大きく一服吸ってから手すりにもたれ、何処までも続く海岸線の美しい景色に暫く見とれていた。

 このバルコニーは西南の方向に面しているので、朝日は直接見えないが、おそらくまだ地平線のごく低い所にあるのだろうと想像が出来る。

 涼しい風が海の方から吹いてきて非常に気持ちがいい。海岸線の方向に目をやっても、まだ人影はない。

 動くものといえば白い犬が一匹浜辺を歩いているのが見えるだけだ。全てが停止した世界だ。

 哲也はそんな景色を眺めながら、ふっと一瞬だけだが妻の久美の事が頭をよぎった。

〈俺だけこんな気持ちのいい事をしていて良いのだろうか?あいつにはここ何年間か何処にも連れて行ってやった事がなかったな〉と。

 しかしそれは本当に一瞬だけで、そんな気持ちも目の前の美しい風景の中に泡のように消えて行った。

 哲也はそこで五、六分過ごした後、又部屋に戻った。

 何もする事がないのでシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びてベッドに戻ってもオーはまだ眠っている。

 仕事の時間帯が違うので、オーにはこの時間はまだ真夜中なのかもしれない。

 仕方がないので哲也は又ベッドにもぐりこんだ。そしてオーの体を後ろから抱いたまま暫くうとうとしていたらいつの間にかまた眠っていた。

 バスルームの方から聞こえてくるチョロチョロという微かな音に哲也は目が覚めた。

 ベッドにはオーの姿がなかった。その音はオーがオシッコをしている音らしい。その音を聞いて哲也はオーに対して一層愛おしさを募らせた。

 何時だろうと時計を見ると、八時半を少し過ぎた所だった。

 オーはバスルームからなかなか出てこない。

 暫くしてシャワーの音がし始めた。哲也はまた窓際に行き今度はカーテンを全開した。窓一杯に外の景色が拡がった。

 海岸線にはもう朝の太陽がさんさんと降り注いでいて、さっきの静かな雰囲気はなくなっている。世界は静から動に変じていた。庭のプールにも砂浜にも人の姿がちらほらとだが見えた。

 哲也はベッドに戻り、リモコンでテレビをつけた。テレビではどの局もニュースをやっていた。

 そのうちに全身にバスタオルを巻いたオーがバスルームから出てきた。

「おきていましたか?おなかすきませんか?」

「空いた、空いた。メシ食いに行こう」

「ちょっとまってください。すぐしたくしますから」

 オーはバスタオルを巻いたまま鏡の前に立ち、ドライヤーで髪を乾かし始めた。

「ねえ、柴田とゲェのことだけどさあ、あいつら昨夜はどうしたと思う?」

 哲也はずっと気になっていることをオーにたずねた。

「どうしたって、どういうことですか?」

「ゲェは柴田のこと、どう思っているんだろう。彼女には男いるんじゃないの?」

「お客さんはいっぱいいますよ。デモは、きまったひとはいませんです」

 オーはそういう商売上の話は、いくら親しい哲也にでも本当のことは言わない。

「本当?信じられないな。まあそれは良いとして、柴田のことは気に入っているのかな。ゲェは何かそんな事言ってなかった?」

「いいひとだと言っていましたヨ」

「そう。だったらいいけどさ。いきなり泊まりだからね。もし嫌だったらちょっと大変だなと思っただけ」

「いやだったらこんなところにまでこないです。そうでしょ」

「まあそりゃあそうだけどさ。じゃあそろそろメシ食いに行くか」(つづく)

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2008年4月16日 (水)

「イミテーション・ラブ」-21

4 海岸で  

 シャワーを終えて服を着替えた哲也とオーが三時に一階のロビーに下りていくと、柴田とゲェはすでにソファに腰を下ろして待っていた。

「待たせちゃったかい?」 哲也が柴田に聞いた。

「いえいえ、ちょっとその辺を散歩していました。それにTシャツやサンダルなどの買い物もしてきました。今回そういうものを何も持ってこなかったものですから」 

 確かに柴田もゲェもここに来る時とは違うリゾートファッションに着替えている。 

 四人はそれからそろって外に出、プールサイドを歩いた後日陰のテーブルを選んで腰を落ち着けた。

 すぐに近くのショップの店員がやってきて注文を聞いたので、哲也はハイネッケンを二本と女達のためにトロピカルジュースを二本注文した。

 女達はそれに軽い食べ物も追加した。 

 四人はそこで二時間くらいいろんなことを喋りながらゆっくりと過ごした。女同士が親友ということもよかったようだ。二人はずっとタイ語で楽しそうに喋っていた。 

 女たちがトイレに行っていない時を見計らい、哲也は前から気になっていたことを柴田に聞いた。

「彼女とはどう?もうキスぐらいはしたの?」

「まだしていませんよ。どうですかねえ。彼女やらせてくれますかねえ。心配だなあ」

「ははは、大丈夫さ。彼女はそんなに堅くはないと思うよ。まあ君の持って行き方次第だとは思うがね」

「そんなこと言わないでくださいよ。プレッシャー感じてしまうじゃないですか。ここまで来て出来なかったらホント最悪だな」

「まあ頑張れよ。ところでコンドームは持ってきた?無かったら分けてやってもいいぜ」

「ありがとうございます。でもそれは大丈夫です。昨日セブン・イレブンで買ってきましたから」

「そうかい。じゃあ大丈夫だな」 

 そんな話をしているうちに女達が帰ってきたので二人はその話を切り上げた。

「たのしそうにはなしをしていましたが、ナニはなしていましたか」 

 オーは二人の様子を遠くから見ていたのだろう。

「いや、別に大したことじゃあないよ」 哲也は適当に答えてごまかした。

「そうですか」 

 太陽が海の向こうに傾き始めた頃四人は立ち上がり、プールの外側にある浜辺に出て散歩をした。

 ここの海岸はホテルのプライベート・ビーチらしく、人がまばらにしかいないので静かだった。

 いつの間にかオーは砂浜に転がっている貝殻を拾い始めた。

「そんなもの拾ってどうするの?」

「アリサのお土産です」 オーが言うので哲也も手伝ってやることにした。

 意識してよく見てみると貝殻にもいろんな種類があるのに哲也は改めて気がついた。

 暫くして大きくて真っ赤な太陽が海の向こうに沈み始めた。

 海もその光を受け茜色に染まり、穏やかな波がきらきらと輝いて揺らめいている。

 沖の方を走る船が細くて長い影を波の上に延ばしている。

 哲也とオーは貝殻拾いをやめ、近くにあった小さな岩に腰を下ろして、その沈み行く太陽を静かに並んで眺めていた。  

 その後四人は又一旦部屋に帰ってから、今度は七時半に待ち合わせてセントラル・パタヤの繁華街の方にまで出かけていくことにした。

 ジョムティエンは静かで良い所だが、夜遊ぶにはちょっと寂しい所だった。

 ゲェの車もあったが、それではゲェがお酒を飲めないのでタクシーを呼ぶことにしたのだ。

 セントラル・パタヤは観光客でにぎわっていた。まるでパッポンがそのまま街になったような所だ。

 その中で海にテラスが大きく張り出したシーフードの店を見つけ四人は入った。そして海老や貝や魚の料理を食べながらビールを飲んだ。

 気持ちよく酔った所で散歩がてらに街をブラブラ歩いていたら、丁度いいところにオープンバーがあったので入ることにした。

 シーフードの店でビールをたくさん飲み、もうこれ以上ビールは飲みたくなかったので、哲也も柴田もバーボンの水割りを頼んだ。女たちはバカルディを頼んだ。 

 哲也はさっきからずっと柴田とゲェの様子が気になっていた。

 昼間はまだかなりぎこちなさが残っていた二人も、酒が入りかなり打ち解けた雰囲気になってきたので哲也は少し安心した。

 ゲェがうまくそう言う風にリードしているようだった。

「あの二人、何とかうまくいきそうだね」 

 哲也がオーの耳元でそっとささやくと

「そうみたいですね。少ししんぱいしていました。デモはダイジョウブです」 

 オーも同じように心配していたようで、哲也の耳元でホッとしたように囁いた。 

 明日はどうしようと言うことになり、ゲェの提案でラーン島に行こうということになった。

 ゲェはお客さんと何度もパタヤには来た事があるので、パタヤのことはよく知っていた。

 しかしそれを知っているのはオーだけで、男たちは二人ともそんなことは何も知らなかった。  

 十時過ぎに四人はバーを出、又少し街を歩いた後タクシーを拾ってホテルに帰った。

 しかしまだ少し飲み足りない感じなので、みんなでホテルの中にあるプールバーに行き、酒を飲みながらビリヤードをした。

 一時間くらいそこで遊んでから四人はまた二組に分かれて部屋に戻った。(つづく)

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2008年4月15日 (火)

「イミテーション・ラブ」-20

3 パタヤへ

 パタヤに行く朝になった。

 その日四人はエンポリアムの前で十時に待ち合わせ、ゲェの車でパタヤに向かった。

 柴田は運転するゲェと並んで前の席に座り、哲也とオーは後ろの席に座った。

 結構道が混んでいたためパタヤに着いたのは昼を少し過ぎていた。

 オーが予約したホテルはパタヤの少し南の方にあるジョムティエンという地区にあるアンバサダー・シティー・ジョムティエンという大きなホテルの旧館の方だった。

 玄関を中に入ると十五階分くらいの大きな吹き抜けの空間があった。

 一階のフロントで手続きを済ませたあと二組のカップルはそれぞれの部屋に入った。部屋は両方とも十二階にあった。

 部屋に入ると窓の向こうに何処までも続く海岸線がみえた。

 なかなかの景色だ。海岸線に沿って超高層の白いコンドミニアムが点在していて、その間を南国の緑の樹木が埋めている。

 そしてその横には何処までも続く青い海岸線が拡がっている。荷物を置いた後哲也はバルコニーに出てその景色を暫く眺めた。

「いい景色じゃない。気持ちがいいよ。オーも出てきたら」

 鏡に向かって髪の毛にブラシをかけているオーに哲也はそう声をかけた。

 少し間をおいてオーもベランダに出てきた。そして哲也の横に並んで景色を眺めた。

「きれいですね。ヨーカッタです」

 オーもその景色に暫く見とれていた。

 ホテルの真下には広いガーデンがあり、その中に子供用と大人用の大きなプールが二つあった。何人かの白人の客がそこで泳いだり、日光浴をしたりしている。

 二人は暫くバルコニーでそんな景色を眺めた後部屋に戻った。

 三時に柴田たちと待ち合わせの約束をしているが、それまでにはまだ時間もたっぷりあるので少し昼寝をとることにした。

 二人はリゾート風の花柄のベッド・カバーをはずさないままの大きなダブル・ベッドの上に服を着たままゴロンと横になり、しっかりと抱き合って寝た。

 哲也は一時間くらいで眠りから目覚めた。

 すぐ傍に眠っているオーの顔がある。オーは安心しきったように哲也の胸に顔を乗せ、それに左手も添えて眠っている。

 それを暫くみているうちに哲也の中にムクムクと強い性の衝動が湧き出てきた。

 哲也は右手をオーの背中に廻した。オーのシャツは背中が大きく開いていたので肌がじかに手に触れた。

 背中は滑らかで柔らかく、それを暫く撫ぜているうちに哲也の欲望はさらに高まり、右手をゆっくり腰の方にまで下ろしていき、そこでぐっと力を込めて自分の方に引き付けた。

 その瞬間「ウーン」という小さな呻き声がオーの形のいい口から洩れた。それでもオーはまだ眠っているようだった。

 哲也は次にその右手をオーの胸に持っていき、シャツの上から胸を撫ぜ始めた。さらにオーの少し開いた唇に自分の口を持っていった。

 その時点でオーも眠りから覚めたようだった。オーも両手を哲也の首に廻してきて哲也の接吻にこたえた。

 いつもはシャワーをしてからでないとセックスを許さないオーだったが、その日は旅の開放感からか何故かそのまま素直に哲也の要求に応じた。(つづく)

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2008年4月14日 (月)

「イミテーション・ラブ」-19

2 予約

 哲也はその夜、久し振りに《ピカソ》に顔を出した。十時半くらいだった。

 会社のスタッフは《ビエンチャン・キッチン》で盛り上がり、次はカラオケに行こうということになったらしいが、哲也はお金だけを渡して逃げてきた。

 若い連中ばかりでちょっと付いていけない雰囲気だったので、柴田だけを誘って別行動にしたのだ。杉山はスタッフたちと行動をともにした。

 哲也にとっては三週間ぶりのタニヤだった。

 仕事が忙しくてなかなか来る時間が取れなかったのもあるが、息子の信也にお金がかかるのに、親父の自分がこんな所で飲んでいる場合ではないと言う意識も少しは働いていたようで、それが哲也をしてタニヤから遠ざけていた所も少しはあったようだ。

 その間オーとは電話で三日に一度くらいの割合で連絡は取っていたが、会うのは二週間振りだった。

 オーには今日は行くとは言ってなかったので、電話で今から行くと言うと喜んでくれた。

 電話もしないで突然行くとオーは別のお客についている可能性もあるので、一応電話だけはしておいたのだ。幸いオーは空いていた。

 柴田がこの店に来るのは初めてだった。

「すごい店ですねえ。高いんじゃないですか、こんな店」

 柴田は入るなり店の雰囲気に圧倒されたように周りを見渡しながら言った。

「そうだろう?私も始めてきた時はそう思ったが、それが大したことないんだな。まあ千バーツくらいで収まるよ」

「千バーツ?そんなんでいいんですか?日本だったらこの雰囲気だと軽く二万円くらいはかかりますよねえ」

「そうだろうね。それくらいはかかるだろうね。最近は日本でこういう店には行ってないのでよくわかんないけど」

「かかると思いますよ。僕もあんまりこういう店には行ってないんで詳しくは知りませんが」

 例によって最初にチーママが出てきてお絞りを出した後、柴田に女を選んでくれと言うので、柴田は立ち上がってチーママの後に従い奥に入っていった。

 それと入れ替わりのようにしてオーが席に現れた。オーはいつものように満面に笑みを浮かべ、ワイをした後哲也の横に座った。

「おひさしぶりですネ。元気でしたか?」

「ああ、元気だったよ。しかし忙しかったのでちょっと疲れた」

「そうですか。まあゆっくりしてください」

 オーはその後ウイスキーの水割りを作り始めた。

 暫くして柴田が奥から帰ってきた。

 「イヤイヤ驚いちゃいましたよ。女の子が二十人くらいいて立ち上がって、皆こちらを向いて笑顔で誘ってくるんですから、恥ずかしくてゆっくり選べないですよね。いやあ参ったなあ」

 柴田は幾分興奮したような表情で言った。たしかにその気持は哲也にも良くわかった。

 哲也もそれは苦手だった。だから始めてこの店に来た時もそれが嫌なのでチーママに任せたのだ。 

「しかし綺麗な娘ばかりですねえ。さすがに噂に聞くタニヤです。あっ、この人が山口さんの彼女ですか?」

 柴田はその時初めてオーの存在に気がついたようだった。

「そうそう。彼女がオーです。オー、この人が柴田さん。この前話しただろ」

 オーは笑顔で立ち上がってワイをし、軽く膝を落とした。

「柴田です。よろしくね。しかし彼女すげえ美人じゃないですか。山口さん」

 柴田は哲也の方を向いてそういいながらソファに腰を下ろした。

「まあそうかな」

 柴田の言葉を聞いて哲也も悪い気はしなかった。

 そうしているうちに柴田が指名した女がやってきて彼の隣に腰を落ち着けた。女はゲェと名乗った。

 哲也もこの店に来るようになってからよく見かける結構人気のある娘だ。

 その娘と哲也はまだ話したことはないが、オーが彼女は私の一番の友達だと言っていたのを憶えている。

 歳は二十代後半というところか。ゲェが現れた時オーは一瞬驚いた表情をし、一言二言分からないタイ語で喋った。

「ゆっくり選べなかったと言っていた割には君、いい娘を選んでいるじゃないの」

 哲也がそう言ってやると

「そうですかねえ」

 柴田は満更でもなさそうような顔をしてにやけていた。

 柴田がゲェと話し始めたので、哲也は今日この店に来た目的につながる話題をいつの間にかオーに向かって喋り始めているのに気がついた。

 息子の信也が私立大学に行き始めたこともあり、哲也はお金のことを全く考えなかったわけではないが、それ以上にこのバンコクから離れてどこかに行きたいと言う気持ちが強く、言葉が勝手に独り歩きするように口から出たのだ。

「明日からソンクラン休みだけど、オーはどうするの?」

「アシタはまだしごとです。アサッテからサンニチ、じゃない、ミッカおやすみです」

「田舎に帰るの?」

「かえりたいですネ。デモは、テツヤはどうしますか」

「何処か海にでも行きたいなあ、と思っているんだけど、どう?田舎に帰るなら無理にとは言わないけど」

 ああ、またこんなことを言っている、と頭の片隅で思いながらも哲也は自分が喋っている言葉を他人の言葉のように聞いていた。

「いいですよ。イナカにかえるはあとにします。ドコいきますか?」

「何処がいい?フォアヒンかプーケットはどう?」

「フォアヒンはいまからではホテルのブッキンはムリです。プーケットはコワイです。オバケいっぱいです」

「お化け一杯って?」

「ヒトがたくさんしにました。だからオバケいっぱいです。こわいです」

「ああ、そういうことか」

「パタヤでもいいですか?」

「パタヤねえ。パタヤなら空いてるの?」

「パタヤはトモダチいます。きいてみましょうか?シバタさんもいきますか?おおぜいのほうがたのしいでしょ」

「そうだな、ちょっと聞いてみるよ」

 哲也は隣の柴田の方を向いた。

「明後日からオーとパタヤに行こうかと言っているんだけど、君も一緒に行くかい。この娘と一緒に」

「パタヤですか。行きたいですねえ。でも僕の方はいいですが、彼女が一緒に行ってくれますかね」

「オー、ちょっと彼女に一緒にパタヤ行くか聞いてみてくれないか」

 オーはかなりな早口なタイ語でゲェに話し始めた。話はすぐまとまった。

「カノジョはダイジョウブだと言っています。では行きますね。トモダチにデンワしてみます」

 オーはすぐに携帯で電話をした。結果はオーケーだった。

「ナンニチとまりますかときいています?イチニチですか、ニニチですか?」

「パタヤだったら一泊でいいよね」

 哲也は柴田の方を向いてそう聞くと

「それでいいですよ。お任せします」

 柴田もそう言うので、それを聞いたオーはその趣旨を相手に告げた。

 〈ああ、これで又要らないお金を使ってしまうな。そんなことしている場合ではないのにな。でもまあいいか、ソンクランなんだから。俺だってたまには生き抜きもしたいよ〉。

 酒の勢いもあって哲也は自分でそう納得した。

 その夜、十二時前に哲也は柴田と一緒にアパートに帰ったので、オーは店が終わる一時前まで店にいて、いつものようにゲェと一緒に店を出た。

 そしていつものようにタニヤの真ん中にある屋台に寄ってソムタムを食べアパートに帰った。

 アパートでは娘のアリサがベッドで寝息を立てている。アリサは今夏休み中なので丁度一週間くらい前にバンコクに出てきたところだ。

 オーは音を立てないように気を使いながら服を脱ぎ、洗面所で歯磨きをし化粧を落としてから、娘を起こさないようにそっとベッドに入った。

 それにしてもまさか柴田がゲェを選ぶとはオーも思ってもいなかった。

 でもそのおかげでゲェと一緒にパタヤに行くことができるようになった。

 ゲェはバンコクっ子なので田舎が無い。だからソンクランだと行っても帰る田舎は無かったし、たまたま予約していた日本人のお客さんが直前になってキャンセルしたので、ソンクラン休みは空いていたらしい。

 それにゲェは車を持っているのでちょうど良かった。

 オーは出来れば田舎に帰りたかったが、テツヤが海に行きたいと言うならそれに付き合わないといけないと思った。

 お客様優先というのがオーのコンセプトだ。それにサラリーとは別に三千バーツくれると哲也が言ってくれたのでそれも魅力だ。

 しかしその間アリサをどうするかが問題だ。そうだ、妹と一緒にサラブリに帰らせよう。

 妹は今晩サラブリに帰ると言っていたからな。朝になったら電話してみよう。オーはそう結論を出し少しすっきりした。

 ただひとつだけオーにはまだ気になる事が残っていたが、それはまあ何とかなるだろうとその時は思い、気持ちよく眠りに堕ちていった。

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2008年4月13日 (日)

「イミテーション・ラブ」-18

第三章 旅行

1 ビエンチャン・キッチン

 柴田がプロジェクトに加わったことにより、仕事は順調に進み始めた。

 しかし哲也がタイに来て丁度一ヶ月が経った頃、哲也の息子の信也が、第一希望の国立大学を滑ったと言う電話が妻の久美から入った。

 電話の向こうで久美の落胆した声が聞こえて来る。哲也もがっくり来た。

 幸い滑り止めで受けていた私立の方は二校受かっているのでそのうちのどちらかを選べば浪人する必要はない。

 しかしその私立に行って四年間高い授業料を払い続けるか、それとも今年一年は無駄な予備校代を払ってでも浪人をして、来年比較的授業料の安い国立大学をもう一度受けた方がいいか、という難しい選択を迫られることになった。

「どうしましょう?」

 久美は自分では決断できかねて哲也に判断を求めてきた。

「信也はどう言ってるの?」

 哲也はあくまで、それは信也自身の気持ちがどうであるかだと思ったのでそう聞いてみた。

「信也はもう国立にはこだわってないみたいよ。もし私立にでも行かせてもらえるならそれでいいという感じなの」

 久美はそう言った。

「何だよ、そうなの?あいつも根性がない奴だなあ。だったら浪人なんてしても無駄だ。お金はかかるかも知れないが私学にやらせたほうがいいよ。そんな気持ちではたとえ浪人しても来年だってどうなるかわかんないよ。お金の事は何とかするから、私学にやらせよう」

 哲也のその一言で信也は私学に行くことになった。

 季節はすっかり暑季に入り、タイでは一番暑い季節を迎えた。連日四十度近い暑さが続いた。しかし事務所の中にいる限りは、外の暑さは殆ど関係ない。

 朝の出勤時と夜事務所を出てアパートに帰る間だけが季節を感じる時間帯だ。

 プロジェクトは週に二回施主側との定例ミーティングがあり、そのミーティングの準備で常に忙しかった。

 ミーティングには佐野と哲也が出席し、それを柴田に伝え、柴田はそのミーティングの趣旨に沿って設計を具体化していった。

 細かな部分は全て柴田に任せ、哲也は大きなポイントだけを抑えるように出来るだけ心がけていた。

 そのため佐野が心配していたチームワークは大きな軋みも無くスムースに進行していった。

 四月に入り、バンコクの街はうだるような暑さになった。

 その月の半ばにはこの国最大のイベントであるソンクランがやってくる。水かけ祭りとも言われているが、いわゆるタイの正月だ。

 その時にはスタッフもみんな田舎に帰ってしまい、一週間くらい仕事は完全にストップしてしまうため、その間のスケジュールの空白を埋めるため、哲也たちは連日深夜まで残業が続いた。

 タイ人のスタッフたちは文句も言わずよく協力してくれた。

 哲也にはタイ人はあまり働かない、というイメージがあったが、今回この会社のスタッフたちの働き振りを見ていたら、それは完全に間違いであったと認識を新たにしたほどだった。

 会社が休みになると言う前日、哲也は柴田とも相談して仕事は夕方の六時で終了し、スタッフ全員をあつめスクムビットソイ三十六にある《ビエンチャンキッチン》というイサン風のレストランに連れて行くことにした。

 タイ人の設計スタッフ十二人全員が出席すると言ってくれた。

 日本人は哲也と柴田、それに通訳兼雑用係の杉山を加えた三人で、総勢十五人だ。

 一応設計スタッフだけと言うことにしたので、佐野には遠慮してもらうことにした。しかし佐野は二千バーツ、社長も五千バーツの寄付をくれた。

 日本人三人は六時過ぎにタクシーを拾って店に向かった。

 《ビエンチャン・キッチン》には約十五分で着いた。しかしタイ人たちはまだ誰も来ていない。

 タイでの宴会はだらだらと始まりだらだらと終わると言うのが相場だと聞いているので、哲也たちはかまわずビールを飲み始めた。

 まだ時間的に早いせいか客の姿もまばらだ。

 《ビエンチャン・キッチン》はラオス風というのかイサン風と言うのか分からないが、とにかく田舎の民家風のデザインでなかなか雰囲気のある建物だ。

 店のウェイターやウェイトレスは全員タイの田舎風民族衣装を身につけている。

 そのうちスタッフ達も一人来、また二人来て、七時過ぎには全員が集まった。

 全員集まった所で、一応のけじめとして日本式に哲也が挨拶をすることにした。通訳は勿論杉山がした。

「皆さん、お疲れ様でした。今日まで皆さんが良く頑張ってくれたおかげで、仕事は何とか 順調に進んでいます。お客さんからも今の所はいい評価をもらっています」

「この仕事はまだまだ続きますが、今回は取りあえず明日からソンクラン休みと言うことで一旦切りをつけましょう。皆さん田舎のある人は田舎に帰り、何処かに遊びに行く人は遊びに行って、仕事のことは忘れてゆっくり休んでください」

「ここに社長と佐野さんからも寄付をもらっています。ですから今日はお金のことは心配せず、思いっきり飲んで食べて楽しんでください」

 その言葉を杉山が通訳すると誰からとも無く「オー」という歓声が上がった。次に柴田がみんなにビールを入れさせ

「チャイオー」 とタイ式の乾杯をした。

「山口さんは休みの間何処かに旅行に行かれますか?」

 側にいたチーフのノムがタイ語で話しかけてきた。それくらいのタイ語は哲也にも分かるので

「ああ、まだ何も考えてないが、どこか海にでも行きたいなとは思っている」

 と哲也もタイ語で答えた。

「プーケットですか?」

「プーケットは遠いし、それに津波が心配だしな」

「そうですね。だったらフォアヒンはどうですか?」

「フォアヒンねえ。それもいいかもしれないな」

 フォアヒンは皇室の別荘があると言う避暑地で、バンコクから西南に車で三、四時間あれば行ける所らしい。

 一度行ってみたいとも思っていた所だ。オーと相談してみようと哲也は思った。

「ところで君はどうするの」 今度は逆に哲也がノムに聞いてみた。

「明日から田舎に帰るつもりです」

「田舎は何処?」

「パヤオです」

「パヤオ?申し訳ないけど知らないな。どの辺りにあるの?」

「チェンマイのもう少し北です」

「ああそう?飛行機で帰るの」

「いいえ。車で帰ります」

「そうなの。たいへんだなあ。気をつけてね」

「ありがとうございます」

 そんなことを話しているうちにみんなは少しずつ酔いが回ってきたようだ。

 暫くしてオペレーターの若い女の子が二人、哲也の席にビールを手に持ってにこにこしながらやってきた。

 哲也は二人ともよく知っている。一人は、色は少し黒いが目鼻立ちがはっきりした美人で、スタイルが抜群にいいビーという娘で、もう一人は色は白いがタイ人にしては少し太目のヌイと言う名前の娘だ。

 二人ともまだ二十四、五くらいで非常に仲が良くていつも一緒に行動している。

「ヤマグチサン、ドウゾ」

 ビーが日本語でそう言って哲也のコップに持ってきたビールを注ごうとしてくれた。哲也はあわててテーブルにあったコップを手に持ってそれに反応した。

「コックン・マー・カップ」

 哲也がタイ語でお礼を言うと、ビーは笑いながら空いている左手を口元に持っていった。笑うと白くて歯並びのいい口元がとても魅力的な娘だ。

 哲也がそのビールをぐっと飲み干すと、今度はヌイが同じことをした。二人ともそれをすますと又元の席に戻っていった。

 しかし哲也は二人の気持がうれしかった。

 〈本当に皆気持のいい連中ばかりだ〉 哲也は心からそう思った。(つづく)

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2008年7月
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