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「イミテーション・ラブ」第五章

2008年4月30日 (水)

「イミテーション・ラブ」-35

5 ジェーン

 翌朝哲也は八時くらいに起き、シャワーだけして会社に出て行った。

 部屋を出て行くときに「PLEASE DO NOT DISTURVE」という札をドアのノブに付けておくのだけは忘れなかった。

 ここはサービス・アパートなので毎日メイ・バーンが掃除をしに部屋に入ってくる為、そのときにオーがいてはまずいと思ったからだ。

 哲也を送り出した後、オーは又ベッドに潜り込み昼近くまでそこで寝た。

 自分のアパートに帰ってもエアコンはないので、それがあるここの方が気持ちよく眠れるからだ。

 特に今の季節は暑さになれたタイ人のオーでもちょっと我慢できないほど暑い。

 オーはベッドの中で哲也のことを考えた。

 テツヤはジェーンのことを少しは気づいているだろうか、と思った。

 しかしお店のお客さんのことでは何か感じてはいるようだが、そこまで気づいているようには見えない。

 ゲェがこの前言っていたように、このことはわざわざ言わない方が良いだろう。

 哲也が気づかないことをわざわざ言った所で何のメリットもないだろう。

 秘密を作ることはあんまり気持ちのいいものではないけれど、事が事だけにこんな事は知らないに越したことはない。 

 それにしてもジェーンはまたこの頃、何処に泊まっているのか帰ってこない事が多い。

 どうせ又何処かの女と浮気でもしているのだろう。

 浮気癖の付いた男というのは何処まで行ってもその癖は治らないとお母さんがよく言っていたけど、その話はやっぱり正しかったのかもしれない。

 アリサのためだと思って一旦は家に入れたけれど、それはやっぱり間違いだったかもしれない。

 オーがそんなことを考えていたら哲也から電話が入った。

「もしもし、今はまだ俺のアパートにいるの?」

「そうです。今起きたところです」

「そうか。まあゆっくりしたら良いよ。もしお腹が空いたら、台所の上の戸棚の中にインスタント・ラーメンが入っているからそれを食べても良いよ」

「ありがとう。そうします。テツヤはまだお仕事ですか。おそくなりますか?」

「今は昼休みだけど、今日も遅くなりそうだ。だから待たなくて良いから適当な時間に帰って良いからね」

「わかりました。じゃあそうします。それじゃあお仕事がんばってくださいね」

「ありがとう。じゃあまた電話するから」

 電話の後オーはシャワーを浴び哲也のアパートを出、ラムカムヘンにある自分のアパートに帰った。

 アパートに帰ると昔の夫のジェーンが三日振りに帰っていてベッドで寝ていた。オーがこんな時間に帰ってきたのを見て

「今頃お帰りかよ。結構な身分だね。例の日本人の所に行ってたんだろ?」

 ジェーンはベッドから身を起こしながらニヤニヤ笑って皮肉っぽくそんなことを言った。

「どういうこと?それは私を非難してるの?あんたにそんなこと言う資格が少しでもあると思ってるの?私が何時に帰ろうが、何処で何をしようがあんたには関係ないでしょう。

 あんたこそこの頃何してるのよ。仕事をするってあんなに言ってたくせにどうなったのよ?私にはあんたを食べさせるお金なんてこれっぽっちもないんだからね。自分の分くらいは自分で稼いでよ。わかってる?」

 ジェーンの言い方にむかっ腹をたてたオーは厳しい表情で反撃した。

「わかってるよ。仕事は探してるがなかなか見つからなくて困ってるんだ。そのうち見つかるさ。

 そうなったらお前もあんな日本人なんかと付き合わなくても良いようになるさ。何だ日本人なんて、少しお金があるからと偉そうにして。俺は日本人は好きじゃない」

「なにさ、偉そうなこと言って。日本人のおかげでこうやって私とアリサもなんとか今まで生活してこれたんじゃない。

 あんたが一体私達のために何をしてくれたっていうのよ。偉そうなことを言うのもほどほどにしたらどう。口ばっかりで何も出来ないくせして」

 オーの言葉は苛立ちで次第にきつくなっていく。

「わかったよ。もう何も言わないよ。ところで少しお金くれないか。もうタバコを買う金もないんだよ」

「収入もないくせに、タバコなんて止めなさい。なに考えてるの?家がどういう状態か、そして私がどんなに苦労して今までアリサを育てて来たか、あなたは少しでも分かっているの?」

 オーは喋っているうちに次第に腹が立ってきて、いつの間にかえらい剣幕になっていた。

 オーのその剣幕に押されてジェーンはベッドの上でたじろいだ。

「わかった、わかった。わかったからもうそんなに怒らないでくれよ。な、とにかく千バーツだけくれないか。もう絶対にそれ以上くれとは言わないから、な、頼むよ。これで最後だから」

「千バーツなんてあるわけないでしょう!出て行って」

「じゃあ、五百バーツでいい。それをくれれば出て行くから」

 オーは黙ってバッグから百バーツ札を五枚抜き取りベッドに投げつけた。

 ジェーンはそれをポケットの中にねじ込んで部屋を出ようとした。それを見てオーが叫んだ。

「待って。部屋の鍵を返して!もう二度と帰ってこないで!」

 ジェーンはポケットの中を探って合鍵を取り出し、それをオーに渡し、そそくさと逃げるように部屋を出て行った。

 ジェーンが部屋を出て行った後、オーは情けなくって涙が出てきた。(第五章おわり 最終章につづく)

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2008年4月29日 (火)

「イミテーション・ラブ」-34

4 七夕の夜

「モシモシ、さっきデンワしましたか?」

「ああしたよ。お客さんが付いていたの?」

 哲也はできるだけ冷静さを装ってそう言った。

「そうです。チーママのショウカイです。いまオキャクサンかえりました。テツヤはイマどこですか。イマからミセいきますか?」

「今はもうアパートに帰ってきている。今日はもう疲れたから店には行かない。ちょっとオーの声が聞きたかっただけだ」

「そうですか。テツヤは今日は何の日か知っていますか?」

 オーは突然そんなことを口にした。

「エーッ!今日?何の日だろう」

 哲也は一生懸命に考えたが思い浮かばなかった。オーの誕生日は確か十月のはずだ。

「わかりませんか?」

「ああ分からないな。何の日だ?」

「テツヤはニホンジンじゃないですね。今日はタナバタです」

「ああそうか。確かに今日は七月七日だ。しかし何故そんなこと知ってるの?タイにもそんな習慣があるの」

「ないです。きのうニホンゴガッコウのせんせいがおしえてくれました。タナバタは一年に一回、オトコとオンナがあうロマンチックな日でしょ?」

「そうだね。その通りだ」

 哲也は感心した。タイに住んでいるうちに日本の習慣をすっかり忘れてしまっていた。

 特に七夕など日本の都会に住んでいてもついつい忘れてしまうような習慣だ。それをタイ人のオーから指摘されたのはちょっと複雑な心境だった。

「かえりにアパートに行ってもいいですか?」

 オーは続けてそう言った。

「ああ、いいよ」 哲也は思わずそう答えてしまった。

「じゃあいきますね。すこしまっていてくださいね」
 
 電話で言った通りオーは哲也のアパートにやってきた。夜中の一時半くらいだった。

 にこにこしながらいつもと全く変わった様子はない。手にソムタムと鶏のミンチの団子を焼いて串にさしたやつを持っている。

 それを見て哲也は少しほっとした。

「おなかがすきました。テツヤもたべますか?」

「ああ少し貰うよ」

 哲也はソファから立ち上がり、冷蔵庫の方に歩いていき、冷蔵庫から缶ビールを二缶取り出した。そしてまたソファに戻りそのうちの一缶をオーに渡した。

「かんぱーい」

 オーは自分のビールを哲也のビールに当てた。

「ああ今日はつかれました。オキャクサンしつこいです。ホテルにいこうとさそわれました。ことわるのたいへんでした」

 オーはソムタムを口に運びながらそう言った。

「そんなにしつこい客だったの?若い奴かい」

「いいえ、おじいさんです。デモは、しつこかったです。三千バーツでどうだといいました。だから一万バーツならいいですといってやりました。そしたらもういいといいました」

 オーはケラケラと明るく笑っていた。

「はっはっは、それは面白いな。断る時はそういえば良いのかい」

「そうです。いつもそうします」

「でもお客さんが一万バーツでも良いといえばどうするの?」

「かんがえたことないです。デモは、一万バーツならいくかもしれないです」

 オーはそう言ってまた笑った。

「おいおい、頼むよ。危ない、危ない」

 そう言う会話をしているうちに哲也の心も次第に和んできた。

 やっぱりオーとのこんなやり取りが自分は好きなんだと哲也は思った。

 その夜オーは珍しく哲也の部屋に泊まった。

 アリサは大丈夫なのと聞くと、アリサは今日から学校の旅行に行っているので、明後日の夜まで帰ってこないということだった。

 じゃあ明日はこの部屋でゆっくり寝てから帰ればいい、と言ってやるとオーは安心したように眠りについた。

 オーとこうやって寝るのは何ヶ月ぶりだろう。哲也はこの時やっぱりオーが一番良いなとつくづく思った。

 そして出来ることなら後もう少しだから、このまま波風を立てずに最後まで付き合っていこうと決めた。(つづく)

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2008年4月28日 (月)

「イミテーション・ラブ」-33

3 ヤリトモ

 昨夜佐野にああは言ったものの、哲也の心中は言葉ほどすっきり割り切れているわけではなかった。

 しかし理屈上はあの言葉通りであることもまた間違いない。

 哲也は仕事を終えた後、夜アパートの自分の部屋でベッドに仰向けになり、静かにオーのことを考えた。

 自分にとってオーとは一体何なのだろうということを改めて考えてみようと思った。

 オーは哲也にとっては単なる情婦のようなものなのか。それが一番近いといえば近いかもしれない。

 オーは何時だったか哲也に対して冗談めかしてそれと同じようなことを聞いてきた事がある。

「ワタシはテツヤのタイのオクさんですか、コイビトですか、それともヤリトモですか?」

「エーッ、ヤリトモ?そんな言葉誰に教えてもらったんだい?」

「オキャクサンです」

「全くしょうがない客だな。それでその意味は分かるの?」

「わかっていますよ」

「そう。それじゃあやっぱりそのヤリトモというやつかな」

「ははは、バーカ」

 その時はそんな風に冗談で終わってしまったが、本当にどうなのだろう?あの時言ったようにやっぱりヤリトモなのだろうか。そう言う要素も充分あることはある。

 哲也は日本にいる妻の久美を今でも一番愛していると思っている。だから久美と別れることなどこれまでこれっぽっちも考えたことなどなかった。

 それはそれ、これはこれ、と完全に区別して考えていた。

 ただ家庭の経済事情を考えると、哲也がタイで大したお金ではないにしろ、女に定期的にお金をやっていると言うことに少し後ろめたさを感じていることもまた確かだ。

 しかしこれもいくら日本で貧乏だからと言っても、タイ人の貧乏とはケタが違うのだから、少しくらいは助けてやっても罰は当たらないだろう、と自分に対して言い訳を作っているので、それほど深く感じているわけでもない。

 これがもし日本で、しかも東京だったらそんな風には考えなかったかもしれない。

 しかしここは日本からは何千キロも離れた国のタイだ。だから久美に対して浮気をしているという罪の意識を感じたこともこれまでのところはなかった。

 そのためにどちらかを選ばなければいけないという二者択一の意識も全くなかった。

 またオーの方もそんなことは求めなかった。

 オーには勿論、日本に妻がいるということは言ってある。しかしそれはその時も全く問題にはならなかった。

「日本にオクサンいるはモンダイないです。デモは、タイにオンナいるはダメです。オチンチン、カットね」

 とオーはその時も笑いながらそんなことを言ったものだった。

 だから余計にそう言う意識は生まれて来なかったのかもしれない。

 しかし今こうしてオーに昔の夫が戻ってきたという話を知ってしまうと、何か別の意識が生まれ始めているのを哲也は感じざるを得ない。

 それはジェラシーのようなものと言ったらいいのだろうか。

 哲也はヌンのことも考えてみた。あの娘(こ)もいい娘だった。あんまり喋らないおとなしい娘だったが、哲也の好みにも合っていた。

 一回きりにするにはちょっと惜しいほどの娘だ。しかしオーに対する意識とは又少し違う。

 オーには肉体的なことだけではない何かを感じている。

 それは言葉では簡単には言い表しにくいが、他人事には思えないような親しい感情だ。

 オーが困るだろうなと考えると放っておけないような何かがある。

 その感情はオーに昔の男が戻ってきたと分かった今でも、少しジェラシーに似た感情はあるものの、一向に消えることなく哲也の胸の中に確実に存在しているのが分かる。

 哲也がオーを見放してしまったら、オーは本当に困るのではないだろうかと思ってしまう。

 困ったオーのことを考えると他人事のように思えなくなってしまう自分に気づかざるを得ない。

 少し卑怯かもしれないが、このことはオーには暫く黙っていよう。

 そしてオーがこの後どういう態度で自分に接してくるか少し様子を見てみよう。

 佐野にも言ったようにオーが上手く自分を騙してくれればそれでいいという気持ちは嘘ではない。

 だからそれによって今後のことを考えよう、と哲也はまたしても結論先送りの結論を出した。

 哲也は携帯を取り出しオーに電話を入れた。しかし呼び出し音はするがオーは出てこない。

 店の方針でお客さんが付いているときは携帯には出ないことになっているので、哲也は今もそうなのかもしれないと思って携帯を切った。

 約二十分後に哲也の携帯が鳴った。オーからだった。(つづく)

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2008年4月27日 (日)

「イミテーション・ラブ」-32

2 佐野の心配

 その日の昼前、佐野は朝から打ち合わせに直行した客先で、客を待っている間に哲也のことを考えていた。

 昨夜の哲也の様子を見て、やっぱりあんなことを言うんじゃなかったかなと深く後悔した。

 〈山口さんは口ではなんでもないように言っていたが、ソイカウボーイであんなに酔っぱらってしまったのはやっぱりあの事がショックだったのだろう。

 私は余計なことを言ってしまったのかもしれない。それによって仕事に支障が出なければいいが〉と佐野は思った。

 それにしてもあんな哲也を見たのは佐野も初めてだった。

 普段はあんなに人の意見に耳を傾ける哲也が、昨夜は佐野が何を言っても聞く耳を持たず、ただただ自分の言いたいことばかりを言ってウイスキーを浴びるように飲んでいた。

 〈あの娘、ちゃんと部屋まで山口さんを連れて行ってくれただろうか。悪い女ではなさそうだったので取りあえずあの娘に山口さんを任せたけれど、本当に大丈夫だっただろうか〉。

 佐野はそんなことまで心配した。

 朝それが気になって会社にも電話を入れてみたが、電話には柴田が出てきて、山口さんはまだ来ていませんと言った。

 だから余計に気になった。どこかで事故でも起こしていたら大変だ。しかし携帯に電話をするのもなぜか憚られた。

 もう少し待って何も連絡がなければかけてみようと思っていた。そう思っていた矢先に丁度哲也から携帯に電話が入った。

「もしもし山口ですが」

 電話の向こうで哲也の声が聞こえる。佐野はその声を聞いてまずは胸を撫ぜ下ろした。

「ああ山口さんですか。大丈夫でしたか。心配していましたがその声を聞いてやっと安心しましたよ」

「ごめん、ごめん。電話をくれたらしいね。いやあ昨夜はちょっと飲みすぎちゃったな。今やっと会社にたどり着いた所だよ。何とか生きているので安心して」

「わかりました。あんまり無理しないようにしてくださいよ。細かい話は又後ほどと言うことで」

「はいはい、ありがとう。でも本当にもう大丈夫だから心配しないでね」

「はい、わかりました。それじゃあよろしくお願いしますね」

「オーケー、それじゃあね」

 それで哲也は電話を切った。佐野は一気に緊張感から解き放たれた気分になった。(つづく)

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2008年4月26日 (土)

「イミテーション・ラブ」-31

第五章 その後の展開

1 見知らぬ女

 真っ暗な部屋の中に明け方のような淡い光が、ベランダの少し開いたドアの隙間からうっすらと差し込んでいる。

 哲也はまだ充分アルコールの残っている頭で〈ここは一体何処だろう〉 と考えた。

 天井ではシーリング・ファンが静かに音もなくクルクルと回っている。見たこともない部屋だ。

 おまけに良く見ると自分が寝ている隣には若い女が裸で向こうを向いて眠っているではないか。

 〈この女は一体誰だ?〉 哲也は必死で頭を巡らせた。

 考えているうちに哲也は次第に昨夜のことを思い出してきた。

 あの後佐野と久々にソイカウボーイに行った。そしてその中の店を何軒かハシゴしたのを次第に思い出してきた。

 毎日の残業で疲れていた上、オーの話を佐野から聞かされたショックも重なって、哲也はすっかり酔っ払ってしまったようだ。

 最後の一軒の店でジャック・ダニエルのロックを注文した所までは憶えているが、それ以降の記憶が全くない。

 あの時確かに哲也の横には結構可愛い女が座っていたことも確かだ。女にはコーラも奢ってやったはずだ。

 しかし今横で寝ているのはその女なのだろうか?とするとこの部屋はその女のアパートか?どう見てもここはホテルではない。

 部屋の中をよく見ると、テレビの上に浜崎あゆみのポスターが貼ってある。その横には東京ディズニーランドのポスターもある。

 ベッドの上にも仏陀のイラストのポスターが貼ってある。その横にはプミポン国王の若いときの写真ポスターも貼ってある。

 やはりここは女のアパートに違いない。

 そこまで考えた時、女が寝返りを打って哲也の方を向いた。寝返りを打った女は白い左腕を哲也の首に巻きつけてきた。

 哲也は女のすることにあえて逆らわずそのままにしていた。女はそのまままた眠り続けている。

 哲也は女の顔を見た。確かに見覚えのある顔だ。確かにあの女だ。最後の店で横に座っていた女だ。

 女の顔を見て哲也も微かに記憶が戻ってきた。哲也は少し安心した。

 しかし何故俺はここにいるのか。

 多分ペイバーしたのかもしれないが、その記憶は全くない。そしてどうやってここに来たのかも思い出せない。

 〈俺はこの女を抱いたのだろうか?〉それすら全く思い出せない。しかしこの酔い方から推測するとどう考えても抱いたとは思えない。

 今何時だろう?

 哲也は左腕を見たがそこにあるべき腕時計がない。だから全く時間がわからない。

 今日は木曜日で会社は当然休みではない。哲也は少し時間が気になったが頭の中にはまだ相当酔いが残っている。

 このまま会社に行っても恐らく仕事にはならないだろう。もう少し寝ようと哲也は思った。そしてそのまま又寝てしまった。

 次に哲也が目覚めたのは下半身にある快感が走ったからだ。

 気がつくと女が哲也の身体の下の方にかがみこみ、哲也のモノを一生懸命に口にくわえて元気にさせようとしている。

 哲也は寝たふりを続けながら女がすることに身を任せていた。

 女は恐らくこのまま哲也を帰らせたのではお金がもらえないと思ったのだろう。

 一生懸命にそれを続けている。哲也はそれを薄目で見ているうちに女の心をいじらしく思い始めた。

 女に身をまかせているうちに哲也の下半身も次第に元気を取り戻してきた。

 哲也は我慢が出来なくなってついに上半身を起こした。

 女は哲也のその行動で男が目覚めたのに気がつき、口を哲也の下半身から放して哲也の顔を見上げた。

 哲也は内から沸き起こってくる、ある強い衝動に突き動かされて、今度は女の方を後ろに押し倒して哲也のほうが愛撫を始めた。

 女はタイ人にしては色も白かった。その体がドアの隙間から入ってくる微かな光の中に白く浮かび上がり、哲也の愛撫になまめかしく反応する。

 若いだけあってオーと比べると身体にもはりがある。女は哲也の愛撫に対して演技ではなく芯から感じている風だった。

 しかし女はそれを露骨には現さず必死でこらえている風だった。哲也はそれを見て余計に女が可愛いと思った。

 男と女の行為が終わった後、哲也は女と少し喋りたいと思い日本語で話しかけたが、女には殆ど日本語は通じなかった。

 仕方なく片言のタイ語で話しをした。それによると女はヌンといい、二十五歳だということがわかった。

 イサン地方の殆どラオスとの国境に近いノーンカイという町で育ったということだ。

 ここは何処だと聞くと、トンローだという。そういえばそんなことを昨夜言っていたようだったなと哲也は微かに思い出した。トンローなら会社もすぐ近くだ。

 哲也は改めて時計を探した。それはベッドの傍のテーブルに置かれていた。

 時計を見ると十時を少し過ぎている。まずいと思ったがすぐ会社に行く気にもなれなかったので、暫くベッドの中でヌンを抱いたままタイ語の会話を続けた。

 半時間くらいそうやってぐずぐずとベッドの中で時間を過ごした後、哲也は思い切ってベッドから起き上がった。

 そして窓側にあるホム・ナームに入った。そこにはタイ式の便器があり、便器の横にバケツがあり中に水がいっぱい蓄えられていた。

 哲也は小便をした後バケツの水をプラスチック製のオケで水を掬って流した。

 便器の上にはシャワーがついていたのでそれでシャワーをしようと思った。勿論お湯は出なかったが暑い時期なのでお湯は全く必要ではなかった。

 冷たいシャワーを浴びているうちにいくぶんかすっきりしてきたので哲也は漸く会社に行く気分になれた。

 部屋に戻って服を着替え、柴田に電話を入れようと思い携帯電話を探した。しかしいつも入れているズボンのポケットの中を探したが見つからない。

 ヌンに聞くと、彼女はベッドの上に散らばっているたくさんのクッションの中からそれを探し出して哲也に渡した。

 哲也は柴田の電話番号を探すため履歴の所を見ると、知らない電話番号が一つ入っているのに気がついた。

 もしかしたらこの番号はヌンのものかもしれないと思いヌンに確かめてみると、案の定そうだと言った。

 哲也は柴田に後十分後くらいにそちらに行くと電話で告げ、その後尻のポケットから財布を取り出し、そこから千バーツ札を二枚抜き出しヌンに渡した。

 ヌンはそれをワイのポーズをして「コックン・カー」と言って受け取った。

 その後ヌンは手で髪を整え、簡単な部屋着のようなものを着て哲也と一緒に部屋を出ようとした。

 哲也はヌンが自分を送って行こうとしているのかと思い、その必要はないと言うと、ここが何処だかわからないでしょうというので、確かにそうだと思い、そう答えると一緒に部屋を出てきた。

 そして少し長い廊下を歩き、廊下の一番端にある街が見渡せるテラスのような所まで行き、そこで立ち止まった。

 そして左手の方を指差して、あそこにある大きなお寺の前を歩いていけば広い通りに出るからと説明してくれた。

 哲也はそこでお礼を言ってヌンと別れた。

 階段を下りていくとヌンの部屋は四階だとわかった。玄関を出ると確かに大きなお寺に向かって道が続いている。

 道の両側にはタイ人相手の雑貨屋などの店がいっぱい並んでいる。日本で言えば門前町のようなところだ。

 普段日本人を含めた外国人は全く立ち寄らないであろうと思われるような街並みだ。トンローにこんな所があったのかと哲也は改めて思った。

 ヌンに言われた通り、大きなお寺の前の道を五分ほど歩いたら広い通りに出た。

 しかしその通りはトンローではなくもうひとつ向こうのエカマエ通りだった。

 哲也もここはタクシーで何回か前を通った事があるので見覚えのある建物があった。

 しかしその奥にこんな所があるなんて全く今まで知らなかった。

 哲也はすぐ傍にある歩道橋をわたって道の向こう側に行き、タクシーを拾い会社に向かった。

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