「あの白く乾いた季節」-7
六 気狂いピエロ
私が三回目にメイと逢ったのはそんな無気力な生活をしていた時だった。個展が終わって二週間が過ぎそろそろ夏休みに入ろうかという頃だった。
どうしても出なくてはいけない講義が一つあって、それに出た後私は同じゼミ仲間二人と大学の構内を歩いていた。
午後四時半を少し過ぎていた。そこに少し離れた所から女友達と喋りながらこちらに向かって歩いてくるメイの姿を偶然に見つけた。
私は友達と別れメイの方に向かった。メイもすぐそんな私の姿に気がついたようで私のほうに向かって大きく右手を上げ合図をした。
そしてその右手をそのまま胸の位置まで下げ友達に向けて軽く別れの挨拶をした後、私のほうに向かって足早に歩いてきた。
「久し振り、どうしてたの。クラブにも顔を出してないみたいだけど、元気にしてたの」
私は逢うなりそう訊ねた。
「ごめんなさい、一度電話をしようと思ってはいたんですけど、よく考えたら私滝口さんのアパートの電話番号知らなかったのね。だから連絡もできなくて」
「そういえばそうだね。お互い電話番号なんてまだ教えてなかったからね」
「そうでしょ。だから連絡できなかったんです。でもここで会えてちょうど良かったわ。私やっぱりクラブは辞めることに決めました。それに今アルバイトもしているし、結構忙しいんです」
「どんなバイト?」
「それはまたゆっくりお話しするわ。それより滝口さん今時間あります?」
「時間なら百匹の犬に食わせられるほど一杯あるよ」
「そうですか、よかったわ。だったらちょっと私と付き合ってくれません。ゴダールの《気狂いピエロ》という映画知っているでしょ?」
「ああ知ってるよ。観たことはないけど聞いたことはある。それがどうかしたの?」
「それがこれから学館のホールで上映されるの。私どうしても観たいんです。一緒に行きません?」
「ああそういうことか。そういえばタテカンにポスターが貼ってあったな。今日だったのか?」
「そう、五時からだから今なら丁度いいの」
「そう、じゃあ行こうか」
「よかったわ。じゃあもうあんまり時間がないから急ぎましょう」
私達は学生会館のほうに急ぎ足で向かった。映画はその学生会館の四階のホールであった。
文化団体連盟の主催だ。この組織は一般の学生達の意識を高めるためと称して、いろんな文化的な催しをしていた。
急進的な文化人を招いて講演会をしたり、アバンギャルドな劇団の芝居を見せたり、反戦的なフォークシンガーのフェステバルを開いたり・・・。この映画もその文化活動の一環だった。
入り口には全共闘のヘルメットをかぶった学生が四、五人立っていた。彼らに学生証を見せると一人百円で入ることができた。
私はメイの分と二人分、百円玉二個を払って中に入った。入ってすぐ映画は始まった。
映画は素晴らしかった。ゴダール独特の難解さはあったものの、その時の私にはぴったりと来るものがあった。
乾いた砂に水が滲み込んでいくようにその映画は私の心の襞深くに滲み込んで行くようだった。
腐廃しきった現実からの脱出の旅に出ようとするフェルディナンとマリアンヌ。
愛と裏切りと犯罪。
そして頭に何本ものダイナマイトを巻いてのフェルディナンの壮絶な自死。何もない静かな地中海の風景だけが残る印象的なラストシーン・・・。
マリアンヌ演じるアンナ・カリーナは以前から私の大好きな女優の一人だったし、ワンピースに隠された腰のラインはフェルディナンが歌で讃えたように溜め息が出るほど美しかった。
勿論フェルディナン演じるジャン・ポール・ベルモンドも非常に魅力に満ちていたが。
映画が終わると外はもう殆ど陽が暮れかけていた。
私達はそのまま別れて家に帰る気にもならず、映画を観終わったあとの興奮を抱えたまま、なんとなく学生街を歩いていた。
そしていつの間にか二人は手を握り合っていた。
「いい映画だった。なんかあの感じ、今の俺にはすごく良くわかるな。君はどうだった?」
私の頭の中はさっき見た映画の感動の余韻でいっぱいだった。
「そうですね、私にもぴったり来ました。あの二人の気持ちは痛いほどよくわかります」
メイも同じことを感じたようだった。
「ねえ。話は突然変わるけど、君には今付き合っている彼氏はいないの?」
私は前から少し気になっていたことを訊ねた。
「えっ?そのことは前にも少しお話したことなかったですか?高校生の時には付き合っていた彼氏はいたけど今はいないです。それがどうかしました?」
「いや、確かにその話は以前に一度聞いたことはあるよ。でも今いるのかどうかは分からなかったからさ。でももしいないのだったら俺と付き合ってくれないかな。どう?」
私はできるだけ軽い調子でそう言った。
「いいですよ。滝口さんが私のことをそう言う風に思っていてくれたのは嬉しいわ。喜んでお付き合いさせていただきます。それよりも滝口さんのほうこそ誰か彼女がいるんじゃないですか?」
「そんな娘はいないよ。ほらこの間会った京子のような女友達はいるけどさ」
「そうですか。よかった。じゃあよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ、よろしくね」
「ウフフ、それはそうと滝口さん、私達もどっかに旅行にいきたいですね?何処か知らない所に、マリアンヌとフェルディナンのように」
「うん。出来たらそうしたいね」
「アルバイトしてお金をためてそうしましょうよ。ね」
メイは私の右手のシャツの袖を引っ張るようにして言った。私はメイの積極的な態度に少し驚いたが、それは冗談のようには聞こえなかった。
私達はそのまま学生街を通り抜け、いつの間にか街の中央を流れる大きな川の土手まで来ていた。
そしてコンクリートでできたその河川敷の土手に座り、すぐ下を流れる水の流れをじっと眺めるともなく眺めていた。
対岸の道路の照明が川面に映ってきらきらと輝いているのがとても美しかった。
私の左手は自然にメイの肩を抱いていた。
〈キスがしたい〉 という強い欲望が内から湧いて来るのを私は感じた。
私は右手をメイの左頬に持って行き顔をそっとこちらに向けさせた後、自分の顔をゆっくりと近づけ、メイの唇に私の唇を重ねた。
メイの唇は想像通りの柔らかさで私の唇を優しく迎えてくれた。
唇を重ねているうちに私の中には更なる強い欲望が生まれ、私の右手はメイの胸に下がっていった。
ブラウスの上から感じる彼女の乳房は見た目よりずっと豊かだった。メイの息使いが次第に荒くなっていくのが私にははっきりと感じられた。
私たちの接吻はさらに激しく、お互いに舌を絡めあうようになり、私の右手はブラウスのボタンをひとつはずし、中に侵入していった。
そしてブラジャーを掻き分けて素肌の乳房に達した。そこにはすべすべして柔らかではあるが少し張りのある豊かな乳房と、ちょうどいいくらいの大きさのツンと尖がった乳首があった。
私の興奮は最高潮に達しようとしていた。
ズボンの中の私のペニスははちきれんばかりに膨張し、痛いほどだった。
私の欲望は更なる行動を要求し始めたが、一方では冷静な理性も働いて、この場所でのこれ以上の行動はなんとか抑える事が出来た。
私はアパートに行こうとメイを誘ったらメイは意外とあっさりとそれに同意した。
私たちは河川敷の上を走る道路に出てちょうどいいタイミングで来たタクシーを止め、そこから十五分位の所にある私のアパートに向かった。
タクシーの中でも私達は運転手の目を盗んでは激しいキスを続けたので、河川敷での興奮をそのまま持続させてアパートにつくことが出来た。
「君の裸が見てみたい」
アパートに着いてドアを閉めるなり、ベッドまで行くのももどかしいくらいの状態で、激しいキスをひとしきりした後私はメイにそう言った。
メイは私のその要求を素直に受け入れてくれた。部屋の電気はまだつけていない状態だったが、カーテンを閉めていない窓から差し込む月明かりによってぼんやりと明るかった。
メイはぎこちない手つきでブラウスのボタンをはずし、スカートを下ろした。
そして両手を背中に回してブラジャーを外した後、ゆっくりとパンティを脱いだ。そしてひと糸纏わぬ姿になって窓の近くまで行きこちらに向かって立った。
私はそれをベッドに腰を下ろして眺めていた。
月明かりに照らされたメイの裸身は光と影で立体感を増し、息も呑むほどの美しさだった。
品よく盛り上がった乳房と、きゅっと引き締まったウエストから急激に下に広がっていく腰の曲線、臍から下に少し膨らんだ下腹部があり、その下に比較的薄めの繁みがあった。
なんという美しさだ。
「綺麗だ」
私は思わずそう叫んでいた。それを聞いたメイは少し恥ずかしそうににっこり笑った。
「今度は後ろを向いてみて」
私は更なる要求をした。メイは黙ってそれに答えゆっくりと裸身を回転させた。
後姿もまた前に負けないほど見事な美しさだった。
背中からヒップにかけてのラインの美しさは思わず絵を描きたくなるほどだった。
豊かに盛り上がったヒップからスッと伸びた脚のラインもまた美しかった。
私は何時までもそれを眺めていたかったが、一方で内から湧き上がる強く激しい欲望に促されてベッドを離れ,メイの傍に行きその良くくびれた細いウエストを後ろから抱きしめた。
メイは右手を伸ばして私の首の後ろに巻きつけてきた。
「ありがとう。君の身体は本当に綺麗だ。俺はこんな綺麗なものを今まで見たことがなかった。本当にありがとう」
メイを強く抱しめながら私は耳元でそうささやいた。
メイは恥ずかしそうに黙って身を回転させながら私の首に巻いた手をなおのこときつく締め付ける。
私達はそのままベッドに雪崩れ込み、激しく抱擁しあった。
私はメイのその美しい裸身を手と唇で愛撫し続けた。メイもまた私のその愛撫に激しく反応した。
私の興奮が頂点に達しようとした時、私はメイの中に入っていこうとした。だがメイは何故かそれだけはあくまで拒みつづけるのだ。
「どうして?こんなに好きなのに、どうして駄目なの」
「ごめんなさい。でもどうしても駄目なの。まだ気持ちの整理ができてないの。だからこれだけはお願いだから我慢して」
彼女はそう言って、その代わりその白くてしなやかな指を使って私を絶頂まで導いてくれた。
私は少し不満が残ったもののそれなりに満足した。(第一章おわり 第二章につづく)


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